2009年10月10日土曜日

生命はあくまで未来に飛翔する

マジックアワーについて殴り書きの原稿? が手元にあるし
書いておきたい気もするが、、
久しぶりにレンタルして観た「BOY A」について
今日は、書いておこうと思う。

簡単にあらすじを記しておくと、
十歳で少女を殺害し当時「悪魔」と呼ばれた少年が出所し、
全く新しい人物「ジャック」として社会に復帰しようとする。
友達ができ、恋人ができ、歳相応の青春を取り戻したかのようにみえる。
しかし、あるとき彼がその「悪魔」であった過去が明らかになり・・・。
という展開である。

過去はなぜかくも重いのだろうか。

先日、テレビを観ていて思わず涙したことがあった。
(嘲笑うように泣かせることに固執するテレビの演出があざといとはいえ。)
幼くして病に侵された少年は痛む身体をして、絵を描く。
その絵は、あまりに生命力に溢れていて輝いていた。
がんばれというやつは口だけだから嫌いだといった。
病に負けないというのはただ生き続けることではなく、
死ぬそのときまで辛苦に耐え、そして愛し愛された家族と共に、
幸福であり続けることだと、彼は知っていたのだった。
彼の絵に勇気付けられた人々を集め彼の個展が死後に開会された折、
彼の母親は言った。
「彼が生きていたいと望んでいた明日、それが私たちの今日です。」

彼にとって病に苦しんだ過去、死んでしまった過去は大きな意味を持つまい。
彼の生命はあくまで未来に飛翔している。


過去はたしかに重い。
一度のあやまちによって、一切の信用を失う。
どれだけ言葉を尽くしても心の底で信じていない人の疑心を変えるのは難しい。
報いようにも、愛を示そうにも、閉ざされた扉の前で無残に腐る。
人と社会がそうなら、人と人もそうだ。
その膠着した関係を解消するのが死をもっての償いしかないのだとすれば、
過去によって死が不可避となるのだとすれば、未来とは何だろうか。
未来はあまりに弱い。

この映画は、スケープゴートになり得る、共謀の少年の存在が
しごく軽率に登場するのが無神経な印象を残してしまうが、
過去にひねり潰される現在と取りざたされることもない未来を描く佳作!
おすすめする。
少年が、緊張した面持ちで、友人と恋人とするふれあいは実に美しかった。

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