あくまで自分で食べるだけのものだから、
たいした手間をかけるわけではないが、
よく言われるように買い物から調理、片付けまでを含む
食事の一連の支度と、またそれを味わうというシーンのなかで
脳は非常にプリミティブな領野において活動しており、
それが心地よくもあるのだった。

こちらは獅子唐と茄子の炒め煮でこれが実に旨い。
油揚が入っているがこれもまたよい選択だった。

手羽先はまあどうでもよくて脇にあるアボガドサラダ。
うーん、華がある。

これは豚の生姜焼き。写真がちょっとまずいが。
生姜焼きなんぞただ炒めるだけだが、
生姜を買うのは多分初めてだったし、
それをおろして、という行為に実は経験の中心がある。
そしてこういう単純なのは失敗しない。うまい。
何となく岩井俊二「スワロウテイル」を手にとった。
彼の映画が好きで、「リリィ・シュシュのすべて」は原作も読んでいる。
もう何年も前のことだ。
映画の詳細を憶えてはいないけれど、
映画「スワロウテイル」を想い出して浮かぶ感覚は、
さしてうまくもまずくもないないが自作の料理と
それを囲む仲間たちとがあって、そういうなかで
自覚的に強く保たれる幸福感である。
湯気のたちのぼるテントに向かい歩いてゆくと
身体の芯に伝わりくる温もりにつつまれて
それで自分の居場所であるということがわかる。
原作を読みながらまた彼の映画を観たいと思った。
Chara のことが印象的に思い出される。

0 件のコメント:
コメントを投稿