2009年9月12日土曜日

複雑

マグネット(山田詠美)」を読んでいる途中に
枕元に残したメモに僕はこう書いている。

* *

この小説はつまらないと感じる。
山田詠美の他の作品で感じた密やかな歓びというのがない。
しかしふと、男として未熟がゆえこの小説のおもしろさが
わからないのではないかと虚を突かれた思いになる。
男に自らの未熟さを感じさせることに
この小説の目的があったのだとすれば、
これを読み男が不快になることでまさにそれは達せられたのである。
そしてそんな女の意図を感じ取ったとき男はその女を愛おしいと思う。
この小説に書き表されているのはそのような複雑さだ。

* *

今日から新潟のトリエンナーレに行く。
一泊二日。
旅行らしい旅行は何年ぶりだろう?
半分仕事とはいいながら。

複雑怪奇なのは男女だけではないにしても、
全てどうでもよくなってやけっぱちな気持ちにさせるのは、
それが合法の範囲というと女と酒以外に思いつかない。

しかしいくらやけっぱちになっても、
中途半端な理性は回帰する。
酔いのさめて頭痛にうなされる朝がそうであるように、
女のいなくなった部屋に取り残されたときがそうであるように。
その複雑さに耐え切れなくなって、小説という形で吐き出す。

時間がないので端折るが、単純に言えば、
小説を書くのはそのような自己保存のための営為であって、
そうしないではいられないからそうする。
誰かが言っていたが、小説に書いてしまえば、
どのような不幸も、その作品の誕生する契機となったと思えば済む。
ドラマの筋書きをみるように、人生を一つのドラマとして
客観視できるというわけだ。
しかし、あるところで書くことが目的に摩り替わる。
そうすると、あえて不幸に挑むようになる。
作家の人生がそれほど幸せそうでないのは
おさえきれない死への願望にある。

本当に時間がない。
どのようなアートに出会えるか、楽しみにしている。

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