このブログは僕にとって3つ目だが、
その役目を終えてしまった。
一年半という時が流れた。
その間、僕の思索はその大筋に全く変化がなく
その変化がないことを確かめ、
情けないやら歯がゆいやら、
という思いは捨ててそれをむしろ頼みにして
歩むことに決めたその一歩一歩であったと思う。
2004年12月、もう6年も前のことだが2つ目のブログに
移行したときに、僕はこう綴っている。
「インターネットで自らの文章を公開するという新しい試みの実験場として、たいへん有意義な取り組みでしたし、そこに書いた50余の文章は、今でも責任ある僕の思想として通用するものばかりです。
とはいえ、読者にとってみれば親しみやすい文章ばかりではなかったと思います。公開とはいえ、半ば僕自身のために書く早産な言葉たちは、僕以外の人たちにとって容易に理解できるものではなかったでしょう。実際、必ずしも理解してもらうために書いていたわけでもありませんでした。」
このことは未だに変わらない。
だからたぶん僕は書き続けるのだと思う。
そう、もちろん僕は書くのを辞めることはない。
最後に、このブログでメインコンテンツだった書籍の紹介で締めたいと思う。
(結局アフィリエイトでは一冊も売れなかった。)
「イリュージョン」は男子の心を無邪気にくすぐる。
広い青い空があってそれだけでわくわくする。
そんな作品だ。
実はいま、ゆっくりと本を読んでいる気にはなれなくて
「イリュージョン」の残像は断片的にしかない。
よい作品であるだけに、とても残念なことだ。
そんな状況であったにもかかわらず、「下妻物語」ときたら、
電車で読んでいると知らぬうちに没入し、
くっくと湧き上がる笑いを抑えることができないのでした。
阿呆に見られてはいけないと思いながら、
ニタニタ笑みを浮かべたまま地下鉄のコンコースを過ぎ、
乗り継いだ電車が発車すればまた物語の続きへと
立ち戻らずにはいられないのです。
洒落の効いたフレーズが、女子のネイルのラメみたいに
散りばめられていて、安っぽい輝きを放っています。
その種のものに対して、
男子はたいそう馬鹿馬鹿しい事のように眺めながらも、
存外心のうちでは可愛らしく感じているものです。
その感覚を否定したりせずに素直に受け入れられる自分にこそ
むしろ酔うものなのでせう。
ストーリーは単純明快で特に何も申し上げることはありません。
それではこれにて終了です。
懲りずにまた書き始めることと思いますが、
次に続けられる言葉が何であるよりもまず
この一年半に書いてきた言葉のうちの何かが、
あなたの胸のうちに残っていればこれに勝る幸せはありません。
僕はそのことに過大の期待はしてはおりませんが。
(了)
2010年2月16日火曜日
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