2009年1月29日木曜日

すすめ、すすめ

今年の出来事 ――

兄貴が、一級建築士試験に合格して、
三月に短大を卒業する妹は無事就職を決めた。

僕はといえば、「My wish is 」と書かれた
ポストカードが四枚、壁にピンで留められてあって、
そのうち二つには、今年のWISHが書かれていて、
残りの二つは空白のままだ。

妹は、車を買うと言う。
東京にいるとその感覚にすぐに馴染めないが、
田舎では車が必需品で妹もそれがないと通勤できない。
しかし、正月に規制したとき、ダイハツのカタログを
楽しそうに見ている姿は不思議だった。
ちょっと前まで高校生だったのに、
最近実家を離れて、短大の寮で生活を始め、
意外と平気そうで安心していたのも束の間、という気がする。
僕は車を買おうと思ったことはない。だからというのでもないが、
金銭というわかりやすい指標においても、
みるみるうちにみるからにミルミルおいしい乳酸菌。

 * * *



ひとつにはこう書いてある。
『情熱的』
特に深い意味はないけれど、仕事を始めて三年。
何となくわかった気になってぬるーく日々こなしている時がある。
改めて情熱を注ぐ対象を見出したい、
貪欲に自らを高めていきたい、と思う。

もう一つには、
『沖縄に行くの。』
とある。
ええ、今年また沖縄行きたい。行くと決めたらたやすい。

あとの二つにも書きたいことはある。
しかし、具体的に書くと実現できていないことが、
見事に露呈するのではないかという恐れがある。
それで気後れして書けない。

そんな風にしているうちは、何も実現しない。

と、わかっていながらも。
今年、家族は幸先のよいスタートを切っている。
前向きに、情熱的に、すすめ、すすめ。

2009年1月25日日曜日

2009.1.23 12:54 (GMT +9:00)

一週間くらい前に、大学時代の友人に久しぶりに会った。
宇宙工学を学ぶために、イリノイの大学に留学中で、
最早何のことだかさっぱりわからないが、
大学時代の実験中心の工学的(?)な世界から、
より数学だとか理論のほうへと研究対象は移っているということである。

再会することになったのには、一つのきっかけがある。

僕がたまさか電話を掛け(酔うと電話したくなる日ってあるよね)
久しぶりだねと名乗った後に、元気かなどと言ったのだと思う。
「名前は憶えておりますが。いまイリノイにおりまして。」
との返答を愕然とする思いで聞いた。
大学一、二年はほとんど毎日一緒に過ごしていたのに、
アメリカに行くと人間変わるもんだなと悔しくなって、
何とか記憶を手繰り寄せようとしたが埒が明かなくて、
そのうち、時差があって向こうは早朝だから寝ぼけてんだろう、
と曖昧に結論付けて、寂しい気分のまま幾日かを過ごした。

それで正月ごろ電話があり、その電話の主は彼の父親であって、
帰国したときに僕から電話があったことを知らされたが何か用か、
ということだった。

僕は、親から逸れた子供のようにどれだけ寂しい思いをしたかを
訴えた。彼は、じゃあ日本にいるうちに飲みに行こう、と笑った。

彼も含めた大学の友人三人で行った沖縄を懐かしみながら、
市ヶ谷にある老舗の琉球料理屋「みやらび」で泡盛を飲んだ。


1月24日、種子島から、H-IIAロケット15号機に乗って、
人工衛星「いぶき」が宇宙へと放たれた。
いぶきには、彼が学生時代、設計に携わった衛星「PRISM」
が相乗りしている。
アメリカへ戻った後、彼からメールが届いた。

「とりあえず第一歩として、スウェーデンの地上局でPRISMからの
 ビーコンの受信に成功したらしいです。イリノイでも受信したかった。
 でもこれからFM運用、太陽電池展開、伸展ブーム展開とかあるはずだから、
 これからが初期運用の山場です。」

とのこと。
宇宙での出来事が、自分の責任の届く範囲にある。
彼を通じて、僕も宇宙を見ている。
彼の友人のひとりであることを誇りに思う。
いつかイリノイに遊びに行きたいなぁと願いつつ。

2009年1月24日土曜日

チープなストーリーの凡庸なわたしの幸福

寒いのいや~ん。

会社にいって山積する仕事たちをやっつけなきゃ
いけないんだけど、まだだらだらと家にいます。
今週は終電帰りが続いて、さすがに疲れた、
と独りごちる。寝させてくれい。

合間に、直木賞受賞作「まほろ駅前 多田便利軒」を読む。
LUCKY STRIKE のカバーが目に留まって手に取ったが、
煙草の整列は、チープさも感じさせる。
そんなカバーの雰囲気どおり、洒落た物語を手軽に楽しもう、
という出来栄えで、可もなく不可もなく。
親から愛情を受けられない小学生、孤独に入院生活を送る老人、
麻薬の取引をするヤクザ、人のよい売春婦、レズの夫婦、
産婦人科で入れ替わった乳児・・・
モチーフはどれも新鮮味がなく淡々と続く。
そんな凡庸な風景の中に起こる事件の数々は、
ヤクザとの抗争であったり、犯罪に巻き込まれる小学生であったり、
やはり凡庸を上塗りするぐらいの企図しか持ち得ないのである。

たいてい人生とはそのようなものだ。
しかし、凡庸な人生であっても、幸福でいることは難しい。
騙したり嫉んだり、憎んだり嘆いたり、
人を不幸にしようとする存在にあふれていて、
それを気にせず飄々と生きられる人は少ない。
物語の便利屋は、そんな凡庸な生活の中に刻まれる不幸の穴
を跳び越えるために少しの手伝いをする。
跳び越えたらまた凡庸に続く。
だからといって、幸福であってはならない、ということはない。

とにかく生きていれば、とポジティティブなメッセージに続く。

作者は、1976年生まれである。
作家の年齢が、少しずつ僕の年齢に近づいてくる。
近いうちに、同年あるいはそれより若い年代の作家が
第一線で活躍するようになるのだろう。
楽しみなようでもあって、煩わしいようでもある。

2009年1月21日水曜日

雑事

何となく読み返してみると、ブログの文章が酷い。
ぎこちないテンポには、得がたい味があって、
それを感じられる人もいるだろうと、
その言葉を選んだときの心境をおぼろげに思い出し、
何にも増して、そう書いたことの中にある虹のような
清廉を愛おしく思う。


ある中国系の企業のDMからの一文。

ご不便を掛けますけど関連事項について以下のようにご案内させていただきます。


いや微妙なんですけどちょっと変だぞ存じます。笑

2009年1月18日日曜日

mild & accent

何だか最近わたわたしていて、久しぶりの投稿になってしまった。

昨晩は、あるホームパーティ(?)に招かれて、
豆乳キムチ鍋食った。mild & accent、口の中でjazzy に融和する。
なんて。

ベルギービールを5本、日本のビールを10種類以上買い込んで、
ビールについてやいのやいの言った。
他にも色々と話した。笑った笑った。
結局、ビールから焼酎へと流れ、
始発が動き出すまで飲んでしまって、
今朝はそのまま長野県のどこだか詳細は最後までわからなかったが、
人生二度目のスノーボードに行く。



バスの中で多少寝れたので体調は問題なかったが、
コンタクトを片方紛失してしまって、左1.0、右0.1 の視力で見る世界は、
いつも歪んでいたけれど、それでも雪山の中腹から眺める白い山々のある風景は、
壮麗としか言いようがなくて、何度も転んでお尻が痛いのもあって、
ぼんやりと凛と心地よい空気に包まれてそれで安らぎを感じる。
東京にいると、自然の中にいると言う自覚を持つことがない。
その幸福もあれば不幸もある。

特に人様に申し上げるような趣味を持っていないが、
スノボは少しやってみようかな、と思う。
一年間に一、二度やれば趣味と言っていいような感じがいい。
基本的に怠け者だからな。

 * * *

先日「明日は私の誕生日」発言で物議をかもしたけれど、
実際にプレゼントとして、一冊書籍をいただいている。
(ありがとうございます。ほんとに。)

マイクロソフトでは出会えなかった天職

著者はマイクロソフトの幹部として世界で活躍するビジネスマンであったが、
休暇中に訪れたネパールでの体験から、職を辞して、
ネパールやベトナムなど、世界中の子どもたちのために図書館、学校を建てる、
NPO法人を設立することになる。
その想像を絶する行動力と信念、そしてマイクロソフトで培われたであろう
ビジネスセンスと事業の成功物語は一読に値する。

豆乳キムチ鍋を食いながら、アメリカでの留学体験を聞いた。
いつかグローバルにビジネスを展開したいと思う。
それも日本で成功して海外に展開していくモデルではなく、
10人のスタッフで、10カ国に支社を持ち、20カ国で事業をする。
ローカルな地政学に縛られない、個としての活動の網こそが、
21世紀にはふさわしい。

2009年1月11日日曜日

富の未来は、道頓堀にあり

久しぶりの読書報告。
なんとも分厚いトフラーの「富の未来」を読む。

工業中心の物質経済から知識経済へと移行した先に何があるのか、
IT、ナノテク、宇宙開発、クローン、石油に代わる新しいエネルギー、
科学の進歩はどこへ向かい、何を成し遂げるだろうか。
そのとき、世界の教育、貧困、食糧危機、環境破壊、格差、高齢化、戦争、
といった様々な課題に対して、人類はいかなる解を提出するだろうか。
何度も繰り返し(読むのが退屈に為るくらい)繰り返し語られるのは、
何らの解決策もないと言うことは有り得ず、過去の歴史を省みれば常に
そうであったように、現在は夢物語か狂気としてしか見られない数々の
可能性の中から、必ずや次の世代を作る知識なり技術が生じるに違いない、
というものである。
そしてそれら知識・技術が生じるであろう可能性は、過去に例を見ぬほど、
膨大な選択肢を提示しており、尚且つ、急激なスピードで進化している。
私たちは、未来を悲観しなくてよい。
ますます加速する変化に戸惑いながらも、可能性は常に現実のものとなっており、
同時に問題が生じる(経済発展の裏側で格差が広がるように)とはいえ、
それすらも解決へと導く可能性の連鎖の中におり、それこそ現在の世界が得意とする、
スピードと変化のもらたす意味である、と。

特に目新しいことが書いているわけでもないが、執念を感じる。
人類の未来への確信だ。
そして僕は次の一節に襲われたとき
富の源泉となる労働と資本の本質が根底から揺らいでいることに
まるで重い砂鉄の袋で殴られたような衝撃を受け、眩暈がした。
私たちは最早後戻りできないところまで来てしまったのだ。

トフラーは、有名なプロシューマー(生産消費者)論を、
家事やボランティア、DIYといったものだけでなく、
ネットを通じた直販、セルフサービス、オーダーメード
といった、消費者の知識をレバレッジしたビジネスによって、
富が、バランスシートに表れる企業自身の資本以上に
拡大することについて論じる。
それは巨大企業が勝つ、従来の資本主義を転覆する可能性がある。
その最も先進的な例としてトフラーは、次の例を熱っぽく語る。

あらゆる面で、世界各地の抜け目のない企業は労働を「外部化」する巧みな方法をつぎつぎに編み出している。この点で最優秀賞を贈るべきは、貪欲で巨大なアメリカ企業ではなく、お好み焼きチェーンの「道とん掘」かもしれない。・・・テーブルにある鉄板で客が料理までする仕組みにしているのだから。

確かに、僕は「道とん掘」で調理をしたし、別の店では生肉をしゃぶしゃぶしたことがある。
いつの日か、食材を注文し自分で料理をし、食べ終わったら食器を洗って、さらには次の客の食材を買い出しにいく未来がくるだろう。それこそが輝かしき未来への潮流なのである。
たぶん。

2009年1月8日木曜日

ちょっと遅れて初詣レポ



初詣にはいかれましたか?

せっかく写真撮ったのに放置しておくと間が抜けたような話に
なりそうでそそくさと投稿。

仕事始めの午後、赤坂見附にある、豊川稲荷に社員みんなで参拝。
オフィスのすぐ近くに靖国神社があるのだが、
ありゃあ護国神社だしなんとも言えない感情に
浸されそうでこちらに変更になった。

豊川稲荷は、知恵、商売に加えて音楽にも
よく効く(?)そうだ。ジャニーズの面々が参拝に
おとづれることで有名とのことで、5日には、
参拝の人の列が、神社の外まで伸びていた。

神社、と書いたが実際には寺であるらしい。
それでも稲荷と名乗り初詣の地になるのは、
神仏分離などの神道と仏教の境目が複雑な日本の
宗教事情に由来するものであるらしい。
賽銭を放った後、拍手するべきなのかどうか瑣末なことで悩む。

狐のけっこう大きな阿吽像があって(写真のは吽)
その脚がなかなか逞しくてよい。

急に信仰深くなるでもないが、風習とはなかなか乙なところがある。
達磨買おうと思ったが非常に高価。
東京はどこでも人が並んでいるし何でも高値じゃ。
その後、新年会でシコタマ飲む。腹が凹む気配なし。

2009年1月4日日曜日

あけまして御芽出とう御座います。

和歌山のお雑煮は白味噌で、小芋と何とかの菜が
入っている。
雑煮は地域によって特色溢れるものである。
これは合コンのネタでなぜかよく話題になる。

例えば母方の実家の長崎県島原市のあたりでは具雑煮という
郷土料理になる。、
鶏出汁のすましが基本で確かゴボウと刻み昆布の入っている
のが本場の特色であった気がする。
具雑煮は島原にいけば観光客用に用意されていて年中食えるが。

それが、名古屋に近い岡崎に住むO師の御実家では・・・


海老フライと味噌カツと餅の乗ったピザで、
正月を祝うらしい。年賀状代わりにお送りいただいた。
何とも切ないというか、味気ないというか(失笑)。


明日から仕事開始である。
本日は新春セールにいって参りました。

赤い靴とセーター購入。
可愛いでしょ、この靴。



最近はめっきり私服で過ごす時間も減ってしまいましたが。

ちょっと気分は春めいて参りました。