
昨日は新宿ケントスで、70's ミュージック・フィーバー。
八時に焼き鳥屋で軽く腹ごしらえをして
九時から、飲んで踊ってを4サイクル。最高に楽しい。
気がついたら一時を過ぎていた。
総勢5人いたが、2、3人でウォッカ一本飲み干した。
足りなくなって追加で酒を頼み、
ラストステージが終わったら歌舞伎町でさらに
テキーラトニックを二杯。
さすがに最後は寝ちゃいそうになってふらふら帰宅。
みんなありがとう。
軽い二日酔いだが全然問題なし!
今週、ブコウスキー「詩人と女たち」を読んでいたので、
飲まいでやってられるか、という感じだった。
そして飲み倒した。
Kさんと昨日話をしていて、
経済的にpoorじゃないと、芸術なんてできないじゃないか、
余裕が生まれると魂が入らなくなる、
表現とは自分を失い続けることだ、
失うのが怖くなると表現は曇る。
などと思う。
ブコウスキーは酒を飲み女を抱く毎日を送る
孤独な詩人(彼自身がモデルだ)に最大な敬意を払っている。
失い続け、求め続ける。
「わたしはバスルームに行って自分の顔を見つめた。ひどい面相だった。顎鬚や耳のあたりの髪の毛に混じった白髪を鋏で刈り込んだ。やあ、死よ。といっても、わたしはすでに六十年近くをものにしている。このわたしを鮮やかに仕留めるチャンスは何度も与えてきたはずで、とっくの昔におまえの掌中に落ちていても何の不思議もない。わたしは競馬場のそばに埋葬されたかった・・・そこでなら最後の直線コースでの追い込みの音を聞くことができる。」
僕には失うものなんてほんのわずかしかない。
ちょっとした見栄とへたれな傲慢さしかない。
ブコウスキー、あんたくそったれ最高だぜ。


