言葉にならない。
最近はやりのスーザン・ボイルの歌なのであるが、
埋め込みが無効なので、YouTube側でみてほしい。
歌がはじまって数秒で僕は涙を流していたし、
それは何度見ても同じだった。
彼女の歌声の、あるいはこの映像の何がそこまで
僕に感応したのか、正確に言葉にすることはできない。
けれど、全世界で何万回と視聴されたであろう彼女の歌声は、
果たして僕だけに感応したわけではなくて、
何かではなくて全てだった。
直接的に言及するに至れず、迂遠にその輪郭をたどろうとすれば、
まさにYou Tube の本領であったと思う。
ここには意志が感じられる。
インターネットの可能性というと、もはや胡乱な印象しかないが、
真摯に向き合う意味のある対象であるにはちがいないし、
それに関わるのならば、意志に照らされた道を歩むことだ。
泣きはらした心がまだじくじくと濡れたままになっていて、
言葉にならない。
あるいは、言葉にすることの不毛にたじろんでいるのかもしれない。
2009年4月29日水曜日
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