2009年3月31日火曜日

冷たい桜

土曜日は大学の後輩達の卒業祝いのイベントが
あって、結果、朝6:30 までカラオケにいる。
学生たちにはタクシーで帰るという発想がなくて、
元気も有り余っていて、留学してしまう奴らとは、
しばらく会えないしと、色々な理由で、帰ろうとならない。

これで大学には知っている後輩がほとんどいなくなってしまう。
会には平成生まれも混ざっている。
知らずに僕も歳を取ったというわけだ。

帰宅して浅い眠りについて午前のうちに髪を切り、花見へ。
花見、というか、おかんのように?慕っている方と
そのお子様二名と公園ぶらぶら。
公園では泣いて走り回って泣いて走り回って、こけて怪我して泣いて、
その後、千鳥が淵を散歩した。桜並木に沿って混み合う人の中、
僕はくるくるとダンス・ダンス・ダンス 演じて、
手をつないで歩いた。五部咲きの桜、指先は冷たい。
抱き上げて外濠に浮かぶボートを見せてやった。
哀しげな目をしているのは、
楽しそうにボートを漕ぐのは自分ではない他人だったからだ。



歩いているうちに日は暮れた。
そんな一日の過ぎ方もあった。

小さな姉妹は帰りに木蓮の花びらをくれた。散り落ちた木蓮の花びら。
僕はそれを彼女たちが見えなくなった後、屑入に捨てた。
手を振って分かれた後、彼女たちの記憶は僕の姿を徐々に放散した。

それを無情と嘆くことはない。なのに、大人になってしまったら、
単純に人々のすれちがいを、ただそれと受け入れることができなくなり、
与えられない意味を追って、哀しみへと哀しみへと知らずに歩いている。

2009年3月25日水曜日

ある打者の思考

故郷 和歌山から持ち帰った金山時味噌が
冷蔵庫にあって、胡瓜ともに晩酌に供されれば、
これは至福である。

いい書き出しだ。

それに続く一文はこうだ。


至福の功罪といえば回りくどいように感じるかもしれない。
幸福であることイノセンスを素直に受容する軽薄が、
私たちにはなさすぎる。
その至福は瞬く間に、金山時味噌であったり、
酒であったりの物質的な何かによって表徴されてしまう。


結びはこうなる。


私たちはもどかしくも、
誰かが残した微笑の記憶や、すぐに想起される暖かな匂いの記憶に対して、
臆病にもその不在を信じ込むのと同じ手つきで、
粗末に感じられる至福に対して、不支持の沈黙を科し、
やがて消え行くのが自らの至福自身であった倒錯については、
頑強なまでの強さを発揮する。真剣な表情に無念の影が映える様子を、
感傷的に眺め、美化することに、臆面もなく長けてしまった。



センター前ヒット! 二者生還!

2009年3月22日日曜日

2009年3月21日土曜日

なんかいつも暗い話題

普段は盆と正月以外帰らないのだが、なぜだかいま和歌山にいる。
そのことの詳細はおいておいて -実家は何事かを考えさせる-
映画「禁じられた遊び」を見る。
1952年に公開された名作。主題歌のギターの旋律は有名である。

あらすじを書いては見るのがつまらなくなるのでエッセンスだけ書く。
(あら、みないって? コンバージョンわるいブログだなあ・・)

“禁じられた遊び”は、二人の小さな子供によってなされる。
少年少女が物語の中心的な役割を果たし、大人たちは喜劇的な役割を
演じるのみである。
モノローグの中で膨らむ子供たちの無邪気な空想をみたことがあるだろう。
ポレットとミシェル・・二人が一人遊びのように楽しむ遊戯は、
死んだ者の弔い・・犬や鼠、虫たちのお墓をつくることである。
穴を掘り遺体を埋め、十字架を飾り、祈りを捧げる。
弔いの遊戯は・・次の遺体を求める、無邪気な、罪のない遊戯・・・
大人たちは喜劇的な争い事と日々の糧に追われ、
意志のない戦争というひとつの環境の中で暮らしている。

ここでレヴィナスを引くことは、レヴィナスの経歴・活躍した時代を
考慮してそう過ちではないだろう。
しかし、ややこしくなりそうなのでやめる。

<他者>と戯れること・・・他者の死に他性を見出し、
その<死>と<私>との間に横たわる、差異と戯れること・・・
“禁じられた遊び”は、<私たち>の中に歪みをつくりだし、
<私たち>に潜む、<私たち>の中の他性を浮き彫りにする・・・
大人たちは、不安、諦め、怠惰によってかそれを禁じようとする。
しかし、そもそも<死>の他性は<私たち>という幻想の中にしか、
ないのではないか・・・牛馬の死に私たちは他性を見たりはしない。
「無境界」―ひとつの有機体― という概念が実効性を持ち得ないのは、
そのような理由による。

これを観て何を思うかは人それぞれ・・というと元も子もないが、
僕としては、<私>の幸福について、思わないではいないのである・・。

2009年3月20日金曜日

われら

何でこう雨ばかり降るのだろう。

滞留する曇、乱雑に降り落ちる雨、濡れそぼつ街、
あなたはそれを見て何を思うだろうか?


一片の雲にもけがされていない青い空。(古代人の趣味というのは実に野蛮なものだった。この不合理で乱雑な、愚かしく押しあいへしあいしている蒸気のかたまりが古代の詩人たちにインスピレーションを与えることができたのだから。)私が愛するのは --われらが愛する、といってもまちがいないはずだ-- ・・・滅菌された、非難の余地のない空だけである。


われら』で描かれる世界で、人々は時間律法の通り一斉に起床し、働き、眠りに付く。ガラス張りの部屋で生活し、部屋のID(O-112号)が、彼の名前である。一日に二時間ある、自由時間には政府から「ピンククーポン」を買い、ガラス張りの部屋にブラインドを降ろし、好きな相手とセックスする許可が与えられる。
煎じ詰めたような合理的、社会主義の世界・・・私有財産は一切認められず(子供すら私物ではない)、創造力・自由・個性、それらはすべて暴力、不幸、不安の源泉となるものであって、澄み切った空のように何もない心、結晶の原子配置のように整然とした生活こそが、「われら」-決して「われ」を単独で捉え得ぬ- の理想である。

なぜ私たちは「われら」で描かれる世界に、違和感を感じざるを得ないのだろうか?
「毛むくじゃらの手」を眺めて、私たちは幻惑される。
本当の私たち、私たちの本能とは、何を求めているのだろうか?
創造力は、私たちを幸福へと導く光だろうか? それとも死に至らしめる病だろうか?

現実と幻想が交差する、正確には、流れゆく時間を「現実」「幻想」と区分していく私たちの勤勉が、さらに加速する流れの中で破綻し始める、まるで砂上に造る城が風に曝され、サラサラと崩れ落ちていくように・・・嘲り笑う声に出会う。私たちは自らの卑小に恥じ入る、・・・しかし、私たちは誰の声を聞いたのだろうか? それは私たち自身の声ではないだろうか?

2009年3月18日水曜日

うじうじはじめました

そういえば昨日、日曜日お集まりいただいた皆様について、
たくさんの感謝の言葉を書いたし、もちろん本心だけれど、
僕の提案した自己紹介ゲームを一笑に付し、誰一人
ノッテくれなかったことを僕は今でも根に持っている!

僕も普段は急にゲームをさせられる展開には、
面倒くささが先に立って、気持ちは折れ熱は冷め、
扱いづら~いノリの悪さを露呈する人間ですし、
そういう意味では皆様の気持ちはよくわかるのですが、
そんな僕が面白いと思って提案しているわけですから・・ウジウジ。

ウジウジ言い続けるぞ! いいのか!!

僕はまた作ってしまった。
(作らないといけない展開にまた出会った。)

いくつな日々に
げずたちむかい
もいのたけを
きつづける、そんな
とになる
うごにのこるのはただ、
だけである

今回はちょっと、狙いすぎちゃって、ぼちぼちなできね。

2009年3月17日火曜日

春の手紙

日曜日、青空は瞬きを忘れたかのように無限に澄んでいた。
窓外でさわさわと鳴る風、湿気の少ない軽やかな空気、
桜が咲きはじめる予感、気のおけない会話が持つ静けさの音、
目に見えないものが主役で、背景の部分を形づくる私たちは、
とつぜんのファンタジーにたゆたう、少年少女のようだ。

12:00  開始

アボガドのサラダと手羽先と、ゴーヤチャンプル、
全部作ってもらっちゃって、旨くて、
僕もチヂミ作ったらうまくて(ああ、セロリもあった)、
それで、缶ビール5本、ワイン1本、シャンパン1本、
焼酎ほぼ1本 を三人ちょっとで飲んでしまって、
そのあたりにいくとファンタジーと呼べない。
相応しい言葉はなんだろうか。
昔から言い伝えられてきた中に息づく物語とでも?

おみやげに持ってきてくれたパンも菓子も旨くて、
みんな勝手に自分が旨いと思うものを持ち寄っていて、
そこに食い合わせだったり、何料理なんていうのはなく、
主役は、私たちを包んでいる、私たち自身の体温であり、
鼓膜に触れるそこに発せられた声であり、
無限に澄み切った優しい気持ちであったりする。
それで春の空のことを思った。

22:00 解散

10時間がぶがぶ飲んでいると、さすがにちょっと弱った。
弱った以上に元気をもらうということもあるのだと知った。

そういえば、カメラを用意していたのに撮るのを忘れた。
楽しすぎて大満足のときには、その場面を写真に残して
後でどうこう思案する気持ちにはならないのかもしれない。

久しぶりというと語弊があるけれど、
周りにいてくれる人たちへの感謝の気持ちが絶えなくて、
これを書いている。ありがとう。
この言葉は、昨日いっしょにいた人たちにはもちろんのこと、
これを読んでいる人たちだけでもなく、
僕の過去と現在と未来の中にあるすべての人に宛てられたものだ。

不意に滔々と、一方的な謝意を書くのは僕らしいかもしれない。

2009年3月13日金曜日

はじめまして。

五分で楽しめるゲームを教えてもらったから、
みんなも一度やってみてほしい。
一人でもできなくはないが、気のおけない人でも、
初対面の人でも、誰かとやるのがいい。

自分の名前をひらがなで縦にかいてみる。









それで、その文字を起点に、自己紹介文を作る。
とやかく考えず、五分でやる。


めいきまじりで
ばんめにうまれた
とこのこ。
いしゃづとめもいいけれど
とりでぼんやり
まんをかんじながら
あわせにいきています

こんなふうになる(笑)

何やっても根暗になるな~

2009年3月8日日曜日

僕たちは夢を見るか

銀座

まもなく就職して丸三年を迎える。
ご多聞にもれず、同期では、転職をする人、転職したいと思う人が、
続出していて、二年半で転職してしまった僕は、
少しの先見があると思われて、転職しての今の心境だったり、
今後どうするのかと言うような話を、相談に乗るというのでもなく、
二人の興味の一致することとして話題にする。

ひとまず落ち着くところの僕の考えとしては、
「あなたの夢は何ですか?」
という問いに対し、素直に率直に答えることができないと
いうのでは、やはり寂しい、と思う。
何事においても、事業性であったり、安定性、収益性、継続性、新規制、
といった指標に掛けなくては判断できないとするのは、虚しい。
夢は夢としてまずあってそれで、実現を目指すことがある必然を持って、
第一義となり得る。
指標は如何様にも解釈できる。それを頼みにすることはできない。

夢を持つことは難しいだろうか?

三年で辞めることは、大人たちの視線・言葉の前で何となくの後ろめたさがある。
しかし、いま正にその時期に直面している我々にとってその選択は、
至極自然なものであって、悲観にも楽観にも寄らず、
いたって生真面目になされている。

環境は重要ではない、と言えば嘘になる。
けれど夢の実現のため、都度のステップにおいて環境は変わらざるを得ない、
といえばそうである。そのことに現在性という名を与えたければそれでもいい。
いずれにせよ、僕たちは環境に依存できないことを知っている。

絶えざる躍動の中、僕たちは夢を見る。

2009年3月3日火曜日

世界、光のなかの私

@休憩中です。

村上春樹がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式で
語った言葉が大きな反響を呼んでいる、らしい。

いまならここで全文読める

エルサレムという地で、知的なユーモアを交えながら、
外国語で講演できる小説家もそうはいなかろうが、
その内容がまた良い。

巧妙なうそ、つまり真実のような作り話によって、小説家は真実を新しい場所に引き出し新しい光を当てることができる・・・私たち(小説家)は、隠れている真実をおびき出してフィクションという領域に引きずり出し、フィクション(小説)の形に転換することで(真実の)しっぽをつかもうとします。

ここまでは常識的なくだりである。
それに続く言葉がある。

真実とは何か、光とは何か、
真実をつかむためのフィクション、という逆説はなぜ成り立つのか?

私が小説を書く理由はたった一つ、個人の魂の尊厳を表層に引き上げ、光を当てることです。・・・小説家の仕事は、物語を作ることによって、個人の独自性を明らかにする努力を続けることだと信じています。・・・私たちが来る日も来る日も、きまじめにフィクションを作り続けているのは、そのためなのです。

真実に光を当てる、というのは、個人を単独性において見ることである。
その単独性は、何かによって規定されたり価値づけられたりするものではなく、
“光をあて続ける”という行為の中でおいてのみ浮かび上がる。
意図の中にだけ存在する、虚構とは呼ばぬ、影とも呼ばぬ、しかし、
永遠につかみきれない、刹那的存在でありその堆積である。
世界は厳然と存在している。時は流れている。
生命はあるところで芽吹き、あるところで絶えている。
私たちは“世界”をいくら眺めても、人間の単独性などというものを
導き出すことはできない。それは、偶像をいくら崇めたとしても、
そこにあるものは、木であり土であり、鉄であるところの彫刻で
しかないのに似ている。
光、とは何か。世界に存在する光を弄んでもその光は世界に回収されてしまう。
世界を別の目で眺めること。それには“嘘”の光で世界を照らすことが、
畢竟、必要なのである。
世界に回収されない光を、人間(往々にして架空の!)に浴びせた時、
真実としての人間の単独性は鮮やかに浮かび上がるのだ。

私たちはそれぞれ形のある生きた魂を持っています。体制にそんなものはありません。自分たちが体制に搾取されるのを許してはなりません。体制に生命を持たせてはなりません。体制が私たちを作ったのではなく、私たちが体制を作ったのですから。

体制とは何か? 国家、企業、軍隊。経済、政治、歴史、教育。
これらは体制だろうか。
家族、食事、入浴、衣類、土地、愛情、平和、思想。
これらも私たちが作った。私たちはそれに依存している。
これらは体制ではないだろうか?

「私たちは世界に回収されない。私たちは主語になり得る。」

ここまで書くと、村上春樹の小説はいつだってこうだったと
はたと思う。

ところで、なぜこうまでして単独性について語らねばならないのだろうか。
ひとつには他に逃げ場がないからだ。
村上春樹は、じっと佇んでいた。その姿は一つの時代をつくった。

進むと決めれば道はふたつある。後戻りを始めるか、構わず前に進むかだ。

“世界”を見つめようとする意識が残っている限り、前には進めない。
“世界”を諦めること。フィクションをフィクションとせず、
それによって新たな世界を創造すること、その繰り返しの中にしか、
次なる道を見出すすべはない。

2009年3月1日日曜日

事切れる寸前にその余韻を残そうとする足掻きを去るものの未練と
呼べば切なくて、残るものの愛情がみせる幻影と思えば、
儚いのは生命ではなくて記憶のほうであると思える。

二月は、唐突に雪の降る日とともに去った。
月日が流れるのは当然であって、それをどう処理するかは、
流れに乗るものの本懐というわけである。
それで多忙と言うことが悩みの種になる。
実にならぬ種である。
熱心に打ち興じているときは時が流れるのを忘れ、
無為に過ごしているときは時の流れと無縁にただ頭に
浮かぶ事々を後追いして過ごしている。
規則正しい生活をしていれば、幾日の月日もある一日の相似
としてひとまとめにしてしまうし、
不規則な生活の中で右往左往していれば、本質が何であったか
見失いそうになり、細い軸を頼りなげに拾い上げて侘しくなる。
一秒の記憶が二秒、三秒に感じられることはなくて、
数時間の記憶は一秒になり得る。多忙とはそれである。

記憶を追い求めるのはつまらない。
幸田文の「闘」を読んでいて、そんなことをつらつらと思う。
人生の大半を病院のベッドの上で過ごす。
それも好きでそうしているのではなくて病におかされて
そうする以外になくて、ただ無為に横になっている。
死ねば死ぬでそれで生は終わるし、治っても何にも得るものなどない、
ただマイナスがゼロになるだけであり、過ぎた時は取り戻せず、
失うだけの日々だったにも関わらずその日々の苦労と言えば並みではない。


「彼等はよき土にまかれた、よき種だ。その実り、千倍万倍か。・・・結構だよ。
だが、うらやましいともいっていられないほど、粃(しいな)の種ってものは一生懸命だ。
実りどころか、自分の命を生きようとするだけで、精一杯だ。
だけど、こいつが下らないんだなあ、自分一人は一生懸命なんだけど、
はたから見ればただの場所ふさげってもんだ」


幸田文の文章は美しい。
美しさという点においては、彼女の文章をおいて他にはない、
と思っている。
文章の美しさを文字の並びだけで語ることはできない。
生への潔さ、時への敬意、儚いものへの愛情と言っても、
それで美しさを象徴することなど、できぬとはいえ。