あって、結果、朝6:30 までカラオケにいる。
学生たちにはタクシーで帰るという発想がなくて、
元気も有り余っていて、留学してしまう奴らとは、
しばらく会えないしと、色々な理由で、帰ろうとならない。
これで大学には知っている後輩がほとんどいなくなってしまう。
会には平成生まれも混ざっている。
知らずに僕も歳を取ったというわけだ。
帰宅して浅い眠りについて午前のうちに髪を切り、花見へ。
花見、というか、おかんのように?慕っている方と
そのお子様二名と公園ぶらぶら。
公園では泣いて走り回って泣いて走り回って、こけて怪我して泣いて、
その後、千鳥が淵を散歩した。桜並木に沿って混み合う人の中、
僕はくるくるとダンス・ダンス・ダンス 演じて、
手をつないで歩いた。五部咲きの桜、指先は冷たい。
抱き上げて外濠に浮かぶボートを見せてやった。
哀しげな目をしているのは、
楽しそうにボートを漕ぐのは自分ではない他人だったからだ。
歩いているうちに日は暮れた。
そんな一日の過ぎ方もあった。
小さな姉妹は帰りに木蓮の花びらをくれた。散り落ちた木蓮の花びら。
僕はそれを彼女たちが見えなくなった後、屑入に捨てた。
手を振って分かれた後、彼女たちの記憶は僕の姿を徐々に放散した。
それを無情と嘆くことはない。なのに、大人になってしまったら、
単純に人々のすれちがいを、ただそれと受け入れることができなくなり、
与えられない意味を追って、哀しみへと哀しみへと知らずに歩いている。

2 件のコメント:
おいおい。こんどはおかんかい。
娘はやらないぞ。(笑
いいじゃん「おかん」って笑
逆に息子と言うにはおっさんだけど。
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