2009年4月12日日曜日

六本木モダン

今日は、国立新美術館に行って「アーティスト・ファイル2009」を観る。

9名のアーティスト(8名は日本人)が参加していて、絵画、立体、映像と
幅広くある。作家の年齢は、若くても30半ばといったところで、
やはりこういう場に20代が参加するのは難しいのだろうか。

 * * *

夢があるならまず言葉にして人に話せ、そうすれば運が向いてくる

と言われた。

それで言葉にしていたら、口だけじゃなく動かないと、
となる。そのことは本人が痛切に感じている。

 * * *

アート(僕の捉える範疇は学芸全般だが)の世界で
最も貢献できるとできることは、何だろうかと思う。
いまは“プレゼンテーション”ではないかと思っている。
これは村上隆の一部受け売りだが、アートは本来、外見だけで把握される
ものではなく、きちんと作品としてプレゼンテーションし、
伝えようという努力と、それ以前の、創作にあたっての強いメッセージと
それをどう表現するかという戦略性が必要なのである。
デュシャンが差し出した便器は、何の文脈もなければただの便器であるし、
学生の思いつきで留まってもやはり便器である。
美術という場を明晰に理解した上で、デュシャンほどの人物が
確信犯的に実行したからこそ、便器は芸術になり得た。
いまの(日本の)アートはプレゼンテーションがしょぼい。
その責任の所在が、作家にあるのかキュレーターなど周縁にあるのか、
メディアなのか、日本という市場なのか、
あるいは僕自身の勘違いなのか、まだ判然としていない。

きれいだとかかわいいだとかの表面的な感覚で処理されてしまってよし
とするなら、身内で楽しむ趣味レベルにして、小手先の技をみがけばいい。
しかし、そんなものは長続きしないし、受け手の心を揺さぶることなどできまい。
伝えようとする努力を怠るのは作家の弱さ、自信のなさの顕れである。

事業はもちろん、映画や音楽でも、プロジェクトで成果を出すなら、
適切なチームをつくることが大切だろう。
作家がチームを組むのことを恐れるなら、それは作家の保身以外の何物でもない。
単独で始末をつけなければ、主体性が脅かされるのではないかという恐れだ。

 * * *

動物化するポストモダン」を読む。
この書物で示唆していることは、一つには作品の組み立てであると思う。
(示唆的であるというのは読み手の意図によってある。 
 テクスト読解とはそのようなものだと今更ながら思う)

ここでは、ポストモダン以前(ややこしい言い方だが、1970年ごろより前)は、

超越的な大きな物語はすでに失われ、またそのことはだれもが知っているが、
しかし、だからこそ、そのフェイクを捏造し、おおきな物語の見かけを・・・
信じなければならなかった時代


とまとめられる。つまり、

生は無意味だが、無意味であるがゆえに生きる、という逆説

なのである。

そしてポストモダンとは、平たくいえば、その逆説を逆説とせず、
生の無意味さを前提としながら、それとは別に今ある自らの生を捉え、
流れる時間を充足していく乖離的併存関係にある。

生は無意味だとしても、生きていることには変わらない

というある種の諦念を、動物化と呼んだのだと思う。

ここでの議論はまだ有効であると思う。

ただそろそろ10年を経とうとしたころに、
10年若い世代が主張するとするならば、

生は無意味であるにもかかわらず、生きなければならない

という二重の不毛に対する強い自覚と主体性であると思う。

それはもちろん芸術のあり方にも影響するに違いない。
次の世代の芸術は、作家からではなく、受け手からもたらされるだろう。

4 件のコメント:

えかき さんのコメント...

この本読んでる途中だ。
揺さぶられてその後読み進めていない。
あまり考えすぎると全く描けなくなる。
描かないと進めないから、少し考えるのをやめた。

Hiroshi Tanioka さんのコメント...

コメントありがとう。
とくにわかりもしないくせに、
あてずっぽうのことばかりいって
ごめんなさいね。。(^^;

描いていることだけで
満足してはならないのだろうけれど
かくこともせずどうこういうことの
あわれを、とおい外国の風景を
聞かされるような気持ちで
思い浮かべます。
っとずれたご返事ですみませんが、
とほうもないあせりに埋もれながら
それが完全にわたしの演出で
しかないのをわたしはしっているから。

えかき さんのコメント...

外国の風景よりは、
自分の背中の黒子の話
と喩える方が伝わる気がする。
なんとなく。

痒いところに届きそうで届かない〜
かきかき

Hiroshi Tanioka さんのコメント...

我ながら、よく意味のわからないコメントだったね・・。

村上隆の「芸術起業論」おもしろかった。これって描いている人はどう思うんだろうね? 村上隆の作品がどうこうはおいておいたとして。とちょっと興味あり。