2008年9月30日火曜日

山下町

絵描き さんの絵を観に横浜まで行く。
日本大通りのほうから山下町まで歩く。
山下公園でしばし休憩。それにしても洒落た街だ。
ところどころ軽々に感じられるところがあるけれど、
土台は海にあって、それは紛れもなくそこにある。

 * *

絵を観ながら、表現することの動機について思う。
あるいはその実践ということについて。
描かざるを得ないから描くのであって、
描くことを通じてしか為らないことがあって描く。

子どもの絵がすばらしいという。
描くことによってしか表徴できないものがそこにあるからだ。
描くこと以外によって代弁できる方法を主に概念やら言葉やらに
よって獲得しはじめたとき絵はつまらなくなる(のだと思う)。

知ったことをなぞるような表現は、蛇足でしかない。
その余裕を楽しむ、ということはあるのかもしれないが。
言葉にできない、既存の〈世界〉に還元できない何かにぶつかる。
それで対話が生まれる。対話しながら、その豊潤な、あるいは攻撃的な、
蠢く奥底のものを、引っ張り出してみることを表現と言い、
作家はそこにもうひとりの「私」を観るし、それは単に観ているだけの客でも
同じことで、作品との対話を通じてもうひとりの「私」を発見する。
作家だけでは完結しなくて、観る客がある。それでようやく作品が成る。
それで技術が要される。優劣が生まれる。

飾られたたくさんの絵と審査員の評価を見ながら、
釈然としないものがあって、そう言ってやりたくなる。
もはや繰言でしかないが。

 * *

その後、もちろん中華街に行く。餃子食う。
中華街は夕方までにぎわっていたが、九時を過ぎた頃には人が少ない。
山下公園はカップルだらけ。



百八十六番餃子というお店。後になって調べたら
まだオープンして間もないようだが店はレトロな雰囲気だった。
こういうのは大勢で食ったほうがうまい。

2008年9月28日日曜日

ベルギー飲む飲む

水道橋でベルギービール飲む飲む。
うまい。当然。

落ち着いた雰囲気の店で、飯もうまかったし、
よろしければ行ってみてください。ぐるなびはこちら。

アルコール度数が8~9%の重めなのが好きで、
じっくりぐびぐびいく。
しかし、なかなか名前覚えられない。
名前覚えても、味と結びつかない。
自分の好みさえわかっていれば、選び方がわかる。
そうするとたいていうまいから、それで済んでしまう。

金がかかるので、いつもはできないが、
やはりビール飲む飲む日が時々あるのは、
非常なる贅沢であるように思って、
こういうフランクな場所で気のおけない仲間たちが
いっしょであるなら、それが恍惚とも呼べる。

飲み終わってダーツする。最近ダーツ多い。
ちっともうまくならないが、これはこれでいい。
一樹さん次は演奏観にいきたいっす。





曖昧な雰囲気でどう取り扱うか戸惑っているうちに、
この不意に訪れたロングバケーションは終わる。
これから僕はどうするだろうか。楽しみにしている。

2008年9月27日土曜日

わたしを成すもの

幾人かの人に勧められていても、なんとなく縁のなかった、
山田詠美を初めて読む。「風味絶佳」。
よいではないですか。

六つの短編。
働いて飯を食って愛し合う。
三つの行為が溶け合って生活を造る。
それを人生と言っても世界と言っても血肉と言っても同じことで、
いまここに流れる時間の中でできることは、
それほど多くはなく、労働に勤しむ、旨い飯を食う、
そこに愛する人がいて、愛を感じている、というのを抜きに、
生活が成るわけではない。

生きることに意味などなくとも、生きなければならない。
その現実を僕はかつて二重の不毛さと名づけた。
その二重の不毛さを前にして、僕たちは茫然と立ちすくむべきではない。
たとえどうであろうと、そこに世界があり、人がおり、生活がある。
誠実にその現実と向き合うことを、自らに課すならば、
おのずから実践的であらざるを得なくなるはずだ。

山田詠美は、丁寧に言葉を紡いでいると感じる。
虚栄のないやわい親しみのなかにおいて、
崩れやすい何かに、そっと触れるかのように。

2008年9月26日金曜日

つるむらさき



昨日、飯田橋でうまいものを食ったが、
写真を撮るの忘れた。
つるむらさき、っていう変わりモノ野菜を
たぶん、はじめて食べた。青臭さが強いが、
それがさわやかに感じられる。
その他に、カツオの刺身もうまかったし、
秋刀魚のつくねを煮たのも非常に美味。

まだ仕事が本格的にはじまっていなくて今日は、
午後からの予定があっただけなので、焼酎をぐびぐび飲む。
酔った。
焼酎危険。

いちおう、ありがたいことに私の転職祝い(?)を
主旨とした会であったので、いくつかプレゼントをもらう。
基本的にはくだらないものばかりで 笑
写真の五銃士は、そのうちのひとつ。
もらったときは、お、と思ったものの、
これどこにおけばいいんだ。

また僕の似顔絵の入ったTシャツももらった。
いらん・・・ということで、
このブログをご覧の方、抽選で2名さまにプレゼントします。
白 Mサイズ、水色 Sサイズの二着がありますので、
どちらがご希望かを添えてコメントください。
似顔絵はこちら。笑

2008年9月24日水曜日

実践するアマチュアへと



マルコムXと大書。どんな過激な駅やねん。
投票か弾丸か。
味噌汁か断食か!

エドワード・W・サイードの「知識人とは何か」を読んでいて、
久しぶりにマルコムXの名を聞いて駅をふとみたら、
その名があった。かと思った。

サイードは、米国での居住資格のあるパレスチナ人という、
ねじれた背景をもっていて、カルチュラル・スタディーズやら、
ポスト・コロニアリズムやらを経て、僕は彼に出会った。
この本は、講演をまとめたもので読みやすく、わかりやすく、
しかし、深みと情熱とがあって、すごくいい。

まあ、感想を述べてもみんなあんまり興味ないだろうけれど笑
備忘録的に、少し書いておく。

知識人の独創性と意志とを脅かすものとしてサイードは専門分化と専門家主義をあげている。
知識が専門化、分化していくことで知識人は、ある固定されて矮小な領域の知にのみ関わることになり、またその領域内で派閥を作り、特別な用語や慣習を発達させることで専門外の者をそもそも、議論の枠から外してしまうのである。
専門家は尊ばれ、権威と権力をもった専門家の領袖の発言であればなんでも、無批判に居座り続け、むしろ同じ仲間同士で公式を補強しあうということが起きる。
さらには、専門家の権威と権力は、政府や業界団体の援助を得て、強化されるのである。
例えば政策支援のための研究といったように。
知識が資金提供者の依頼によるものばかりになり、マイノリティの視点は、そのはじめから排除されているのである。
以上から、「知識人が個人として主体的に代弁=表象をおこなえる空間」は、縮小にみまわれるのである。

それに対してサイードが提起するものは、知的亡命とアマチュアリズムという思考である。
「知識人が表象するのは、静止した聖画(イコン)のごときものではなく、言語のなかで、また社会のなかで確固たる意志をもった明確な声としてたちあわれる個々人の使命であり、エネルギーであり、強固な力である。」
「アマチュアというのは、社会のなかで思考し憂慮する人間のことである。」
「そう、知識人の声はたしかに孤独の声である。だが、その声は、なんらかの現実の運動や、民族の願望、あるいは共有された理想の集団的追及と自由自在にむすびつくことによってはじめて、高らかに響き渡る。」

2008年9月23日火曜日

京都




京都を目的に行ったわけではないが、
これも人に会いにいかねばならなかった途上で、
暇があって京都の街を三時間ほど歩いた。
街は修学旅行の学生やらで混雑している。
前日まで台風だったらしいが、空はすっきりと晴れていて、
青空が心地いい。
人ごみのなかにいるのはせわしなく感じられ、
特に理由もなく、祇園でバスを降りて、
寺の敷地が広がって続いていくのを人を避けて歩いていって、
行き着いたところには、日本で三本の指に入るという、
知恩院の鐘があった。
その辺りに喫茶があって一人だけの
とても静かな空間にいられて落ち着く。
物理的な音の大小で計れる意味でのものでない、
これだけの静けさというのはあまりないように思う。
喫茶の人と話していると、京都はやはり秋の紅葉の
時期に客入りがもっとも多いらしく、夏は暑さが厳しく、
ゆっくりするなら冬がよろしく、また秋にくるのであっても、
泊まりできて、早朝に出かければ人も少なくてよい、
とのこと。
それで最後に「見るところだけはたくさんある街です」
と言ったのが印象的で、祇園でなくてもどこにでも
見るべきというものがあって、歩けばそこに歴史がある。
とはいっても一人旅行はやはり味気なくて
僕はあまり好きでない。
感じたことを言葉にしてはじめて何かであるときに、
一人であるというのはいくらカロリーを摂取しても
吸収せずに排出してしまうのに似る、
と思ったりするが、まあ、いいかそんなことは。
短歌をつくろうとするが、京都にいては逆にできない。
それでかオチのない話になってしまった。

2008年9月21日日曜日

仙台旅行

連休中ということをすっかり忘れていて、
あまりの混雑にびっくりしてしまった東京駅から仙台へ。

友達というか、姉ちゃんがいたらこんなだろうな、っていう方の
おうちに遊びに行く。
彼女のブログでしかみたことない五歳と三歳?の女の子が、
とてもかわいくてアイドル的な存在であったわけで、
初めて会えるのが、ちょっとドキドキ楽しみにしながら、
枡野浩一の「ショートソング」を新幹線で読んでいた。
枡野浩一との出会いは、先日紹介した「クワイエット・・・」の
文庫版に、解説を書いていたのが彼であって、歌人である。
口語調のかなり親しみやすい短歌をつくっていて、
初めて書いた小説(短歌まじり)がこれ。
大学時代、自由律俳句の会というのをつくって、
尾崎放裁や山頭火の真似をして遊んでいたのが懐かしくて、
短歌もいいなあ、といくつか自分でつくってみたりする。
この小説の中に出てくる(枡野の作ではないのもあるが)
お気に入りを3つあげてみよう。#うーん、根暗ひとり旅三選。

階段をおりる自分をうしろから突き飛ばしたくなり立ち止まる

旅行から帰ってくると部屋中が出かける前とおんなじだった

なんだっていいから自信が持ちたくて毛糸洗いをアクロンでする


仙台では、メディアテークの隣のイタリアンで昼食をとって、
和菓子屋さんで抹茶をすすり、TUTAYAでポケモンのDVDを
レンタルして家で見る。
「五木ひろし~」っと子供たちは、僕を呼んで遊ぶ。
五歳になるともうかなりしっかりしている。
男が幼いのだろうか、僕は中学の頃に自我が芽生えるまでは、
記憶すらほとんどない。自己同一性が確保されないのだから、
ラフに考えれば当たり前の話だけれどねえ。
ポケモンやらアンパンマンやらのビニルの人形で遊びながら、
アニメ声でゴッコ遊びをしているのが、艶々しい・・・。笑




帰りの電車で僕も創作。

恋心よみがえりくる 五歳の君は手を握ってくれた握りかえした

ひとりたび 家路をたどる酔いさまし つとつと増しますさびしさわが家

俺という字が書けなくてしかたなく僕とあらため書きなおした詞

2008年9月19日金曜日

それでまた問いを

フランクル「夜と霧」を読む。
こういう本を通勤中の山手線の10分間とかの間で読んで、
帰りの電車のほろ酔い気分のうちに読み進める、
ということは、難しいというか、避けたい。へこむし。
んで、感想を書くのも、真剣には立ち向かうことはできなくて、
焼肉を食って、ビールを飲んで、それでいまもう深夜で眠くって、
短く少しだけ、という気分でようやく書くことができる。

だから自分の考えをまとめるとかそういうレベルのことは
できなくて、なんだみんなそのほうが読みやすくっていいや、
と思っているのかもしれないが、また平静に書けば元に戻るから、
あまり期待しなくてもいいし、そもそも期待なぞないのかもしれないが。

戦争というのは、僕にとって非常に身に迫るテーマである。
それがなぜかといってどうだといって、体験したこともないしなぁ、
と思ってしまうものだが、これを読めば、
直に体験したことがないというのは問題にならなくて、
なぜなら、真に戦争を体験した人の多くは死して黙するからである。
そしていくら生存者から聞いても体験したことにはならない。
だから、いま日本という平和な国にいようが、どうしようが、
戦争について、少しでも話すことに、臆する必要はないのである。
その動機はどうであれ。
しかし、妙に軽んじられるか、変に装う人が多いのもこのテーマなのである。
そういう面での恐れはある。
と、前置き。

この本の中に、こんな言葉があった。
「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。・・・すなわちわれわれの人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。」
と、ここだけ瞬間的に抜き出してもわからないか・・・。
だから本がある。というのは蛇足。

人生とは何か。それは私たちが、生きる、いまそれ、である。
それは、その当人の意識によって事後的に表出される。
その表出に対する様々の反応を、問い、としてとらえること。
その問いを発することを諦めたときに、人は死ぬのだと、
フランクルは言っている。
またそして、アウシュビッツの如何なる悲惨にも関わらず、
問いを発することにおいては終に自由であった、と。
僕が実践ということの意味においても・・・、
と言い出すと、またいつもの調子になるのでやめよう。

***

いかん、ちょっとブログの雰囲気がますます暗くなるので、
旨いものの話を。
これは仙台土産の牛タン↓



燻製みたくなっていて、生というかハム?みたいで食える。
うまし。これはお土産だから自宅で食ったが(横のさらは温野菜)
明日仙台に行く。仙台は人に会いに行く。
ところで牛タンは、戦後、米軍が仙台に駐屯したときに発祥した。
その手の食べ物は他にもあって、佐世保バーガーもそうだし、
沖縄の、ポーク卵(スパムが入ってる)もそうね。
地元和歌山には、鯨肉の文化が伝統としてあるが、
戦後の食糧難の時に安価なタンパク源として給食が
それを象徴しながら、全国に広まったものだ。
食の歴史、って面白くていつかじっくりやりたい。

2008年9月17日水曜日

贅沢の楽しみ

昨晩は天ぷらじゃった。
恵比寿駅から、案内されるままに入った、
銀座に本店があるという天ぷら屋は、
白木のカウンターだけの小さな店で、
目の前で揚げたのを、皿に置いてくれる、
いかにも高級そうな雰囲気である。
これでまずいわけがない分、
滅多にこれそうもなく、わくわくする。


海老、魚(キスとかそういうのだった)がいくつか、超うまいアスパラガス、冥加(写真はこれ)、玉ねぎ、明石のが一番旨いという穴子、
もうこれで十分腹はいっぱいだけれど、
勧められるまま、鱧と舞茸を食って、
いずれもうまい。
最後はかき揚げの茶漬けを食って締める。



それで時計をみたら一時間半しか経っていない。
素材の味を楽しむのが天ぷらなんだと、
この店でごちそうしてくださった方はおっしゃる。
ミシュランが日本の料理屋を格付けして一時話題になったが、
天ぷら屋はことごとく一つ星だったらしい。
素材の味を楽しむ贅沢をしらないでは、
このような調理も食い方も理解できまい。

それで話は究極に旨いものはなんだったかということになって、
スイスの「ビュントナーフライシュ」という乾し肉が、
絶品であったと教えてくれた。
スイスの高原で1~2年かけて乾燥させてつくるらしく、
日本に持ってきても湿度も温度も高すぎてすぐに痛む。
わざわざ日本にいながらスイス料理屋で無理をして、
これを食べなくてもスイスの郷土料理だから、
現地にいけばいくらでも旨いのが食える。
しかし、どこにいようが、何を食おうが、
味わうのには、自らの舌と胃袋を用いるほかなく、
それで食は贅沢の極みのようになって人々を魅了する。

にしても何がうまかったかなあ。魚はもちろん旨いんだが、
アスパラガスと、舞茸がうまいと思った・・・笑

2008年9月16日火曜日

ひつまぶし

絵は特に詳しいわけではないのだけれど、
ヴァーイという人の読書をする少女の絵があって、
直立した彼女は、無心に本に視線を委ねているけれども、
そこに書かれていることが重要であるというより、
本を通じて彼女が憧れているのは、世界との対話であることがわかる。

「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」
「クワイエットルームにようこそ」
の二冊を読んで、そこに共通点を見出そうとするのが、
不自然に感じられるのは、僕と言う中継地点を通すことで、
いくらかでも意味を汲み取れるような気になるからで、
この二冊の続けて読んだところで、
僕がいるという以上の発見はないのではないかと思う。
それでヴァーイを引いた。

***

「2ちゅんねる・・」で、ひろゆきさんと対談している、
佐々木俊尚さんにも小飼弾さんにも会った(見た?)ことがあって、
(だからこれを買ったのだが)あらためて自分がウェブという
業界に曲がりなりにもいたのだということを不思議に思う。
ここで何度も繰り返し出てくるフレーズは、
ウェブは(技術でも権力でもなく)市場原理によって動く、
あるいは、動くべきが自然である、
ということである。
高い技術力でもって供給しても需要がなくては、
結局は廃れていくことになるし、需要が大いにあっても、
供給する側の収益にならない(もちろん法的な制裁も含めて)
ことになれば、持続しない。
こう書けば当然のことすぎて、わかってないとすれば、
どれだけおめでたいんだが、バブリーなんだか、と思って、
これ以上書き続けるのがアホらしくなった。

んで、「クワイエット・・・」はどうかといえば、すばらしい。
映画もよかったし、原作の小説もよかった。
ぜひ見てほしい。それで松尾スズキのブログをみたら、
ひまつぶし、ということばが見つかって「2ch・・・」との
共通点が云々となるのだが、そんなことは、
もうどうでもいいじゃないか。秋の夜。

ヴァーイ半額じゃ。
http://www.seibidou.com/souko_shop/menu1/syousai/07121515195000
(アフィじゃないよ)

2008年9月15日月曜日

肉の話

最近INPUT過多な状態。
書きながら整理するのが、僕のやり方なのだと思う。

蒸し鶏を電子レンジで簡単クッキングしてみたけど、
うまくなかった。新しい料理をしてみると、
50%くらいで失敗する。センスがないのかなあ。

セロリが残っていて、それでどうにかしないといけなくて、
そういう消極的な理由で蒸し鶏をつくるのは、
あんまりよろしくなくて、鶏をみると僕がこれまで出会ったなかで
最も鶏を愛するS氏のことが思い出されて、
こんな料理では成仏できなかったろうとうなされる。





←非常に惜しいことになった鶏さんの図。










旨いものについて書かないことには、
後味がわるく感じられるのは言葉遊びとも思わなくて、
新大久保の話に続く。
ここで韓国料理が食える(それ以外に何がある?)
ことは有名だが、自分も含めいっしょ食った四人とも
まったくの初心者で、まずその人の多さと、
日本語を話す人はマイナーでないかと思える雰囲気に驚く。
駅から歌舞伎町のほうに向かって歩くと、
韓国料理屋が軒を連ねていて、アジアであると、
日本もアジアなはずなのだけれど思う。
焼肉を食って焼酎の胡瓜割を飲むと清清しい気分。

表参道やら恵比寿やらで飯を食うことに飽きたらここにくるといい。
#淡白な話になってしまった。

書く技術

吉田健一の『時間』を読み終わったというと、
この本には相応しくなくて、僕はしばらくの間、
吉田健一の声を確かに聞いていて、
いま、その言葉たちは僕の意識の端々に、
満点の星空のようにというとロマンティックすぎるが、
輝いているのを見ることができる。

引用する箇所を探すのは骨が折れる。
論理的に整理された構造はなく、吉田健一に時間が流れるのと、
同じようにして、この書物にも時間が流れる。
時間の積み重ねといったところで現在があるのには変わりなくて、
ただ現在が移ろいゆくだけであるのだから、
どこかの箇所を引用してそれが結論であると言って無理に、
考古学的趣味の世界をつくることはない。
ただ流れるのが時間である。

決して読みやすい本でもないので、読むのを勧めるつもりはない。
それで『時間』について書くのはやめて、吉田健一について、
ひとつ余話をしたい。
文体ということである。
読点が必要以上に省かれていて滔々と連なる言葉の波に揺れる。
はじめて読んだのは、大学二年か三年のころで『英国に就いて』だった。
内容はともかく文体に衝撃をうけ、僕の文体に大きな影響を与えた。
欲しかったのは粒度の大きい塊として重く圧し掛かる文体であったと思う。
高橋源一郎が『小説教室』で吉田健一の『時間』について書いていたのを
思い出したが、引っ張りだして参照することは億劫なのでしない。
文体と言うのは、書き手にとってのパーソナリティの発露であって、
服装や口調に似ているようにも思うが、真に技術的なところがあって、
シンプルな説明が必要なら、書く技術そのものであると言い切ってもいい。
ということで、彼は師匠のひとりであると言いたかった。

2008年9月13日土曜日

ガスパチョとカポナータのビーフストロガノフ

料理の名前ってむずかしい。
先日、韓国料理屋で、チャプチェを頼むつもりで、
チャンジャを頼んでしまって、
酒好きの癖に・・とからかわれながらも食えない、
塩辛が出てきて閉口した。チャンジャと言わずに、
サンチュと言っても訳のわからぬことになったろう。

ヨオロッパの料理名も、もちろんわからない。
そういえば、昔、ソルベの意味がわからなくて、
シャーベットだよと無知を笑われたことがあった。

それで話は、今日の夕食の話にうつって、
セロリが食べたくなってミネストローネを作った。
ミネストローネとは、トマトをつかったスープを
イタリア語で指すらしい。
にんじんやジャガイモ、玉ねぎ、ズッキーニ、
そしてセロリなどが具として用いられるのは、
ミネストローネと聞くと、1cm角ぐらいの野菜が
たくさん入っているイメージがあるからわかる。
しかし、パスタや米が入ることもあるらしくて、
そうすると、通常のパスタやリゾットなどとの違いは、
スープであるかどうか、水分の問題となるのだろうか。

うまければそれでいい、ということができる。
名前が同じ料理でも、作る人によって全然ちがうのだから、
料理の名前などを覚えるよりもうまい店を覚えたほうが
いいのかもしれなくて、それでも食事の楽しみには、
そこにイタリアの要素などなくてもイタリア語で
呼ぶことの中にも確かにあって、どこどこ産の何がうまいとか、
これを食うと或る時なり土地を思い出すとか、
そういうことを味わわずに、ただうまくて食うのではない。







#単に夕飯の話を書こうと思っても
#吉田健一のように書こうとしてしまう。
#もうしばらく続くかも知れないがずっとではない。

最終日

昨日はひとつの区切りとなったはずである。

社会に出て(という語感も変だが)はじめて勤めた会社を
これで去ることになった。
ここ最近は、身の回りの整理や、途中になっていた仕事の
引継ぎ、客先への挨拶などということばかりをしていて、
少しずつ退職するということの現実味は増して来ているのに、
それ自体が重く自分にのしかかるようなことはなかった。

昨夜送別会を開いていただいて、
二年半を共に過ごしたチームのみんなに感謝を述べるときには、
涙があふれでるかと思っていても、ついに和やかに終わり、
そのことについて僕は、まだ実感をもてないでいるのだ、
と表現したけれど、では実感とは何を意味していたのかと言うと、
言葉に詰まる。
結局のところ、転職したとはいえ、それは方法論であって、
僕のやりたいことや生活の姿勢には何も変わったところがないのだから、
そこに大きな感情などは必要なくて、ただこれまでどおり頑張るという
ことでしかない。
とはいえ、環境が変われば世界が変わったように見えるもので、
次の仕事が始まったときには、そんな風に悠長なことは言ってられない
のも当然のことであって、実感としての覚悟は、むしろそちら側にある。

気は急くのに、穏やかだ。

2008年9月11日木曜日

はじめに

八月も末になってとたんに涼しくなったと思っていたら、
残暑が顔を出し、しかし、今頃は湿度も低く、
夜になれば冷たい風が吹くようになって心地いい。
あと残り二日となった、エレファントデザインでの仕事は、
一夏の思い出のように淡い残像を残しながら、
時の流れに抗せずに終わる。
そこで学んだ多くのことをひとつひとつ取り上げて
吟味することなどしなくても、いま次のステップを控えて、
ここに私がおり、そこには時間が流れている。

はじめに、と題したけれど、このブログの設立趣旨などを語り、
合目的的に書き続けるようなことはしない。
アルコールの入った者同士が高揚して唄うようにしてする
対話のごとく、軽やかにそして朗らかに書こう。

書くことは、流れる時間を汲み取る柄杓と言えるだろうか。
桶に溜まった水が意識であって、それを覗き込むことで
ようやく私を見つける。桶もその中の水も時間と共にある。
世界は大河に似て流れている。