2009年12月26日土曜日

ワインを浴びて

昨日もひどく飲んで何も憶えていない。
二日酔いで気分が悪い。

とても楽しいクリスマスだった。
飲みすぎなければ、
記憶のない時間に僕は、誰彼に暴言を吐いたり、困らせたり、
嫌われたりしたのではないかと脅えたりしなくてもよくなり、
二日酔いもなくすっきりとした朝を迎えられるはずであるのに
あえて飲むのは何故だろう。
もうこれまで幾度となく問うたけれど結局ほとんど進歩がない。

W.バロウズの『ジャンキー』を読む。

ビートを探って今さら何かを見出すことができるだろうか。
僕は、ビートに底流する生きるうえでの態度から
ひとつの知恵を吸収できればと思っている。
それは、不可解な自分、逃れようのない自分に対し
向き合うための合理性とでもいったものだ。

この作品のラストを引用しよう。
「快楽とは物事を特別な角度からながめることだ。快楽とは、次第に老いぼれていく、用心深く、口やかましく、いつもびくびくしている肉体の束縛から、ほんの少しのあいだ解放されることだ。たぶん、おれは、麻薬やマリファナやコカインのなかに捜し求めていたものをヤーヘのなかに見出すだろう。ヤーヘこそ最後の物になるかもしれない。」
(ヤーヘとはアマゾンの原住民が使っている薬らしい。)

麻薬によって細胞の一粒一粒が立ちあがる。
それを統合するものとして自分がいる。
今にもばらばらになりそうな自分という曖昧の弱さを理解し、
適切な安堵感を与えながらも、実に禁欲的に自分というものに向き合い、
最低限のところで自分を支えている。

自己嫌悪は起こる。
不可侵の前提、絶対的な不自由、幸福な未来に対する原初的裏切り者
として自分はいる。ある対象に無関心でいられないとすれば、
愛憎どちらが勝るにしても嫌悪は芽生える。

話だすと長くなるが、ゼロ年代を終えて、
ますます「自分」というものの存在が大きくなると思う。
そのときにいかに自己嫌悪と向き合うべきかという
現実的な処方箋が必要とされるに違いない。
ビートの禁欲的快楽主義はその確かなヒントとして再認識し得るかもしれない。

2009年12月24日木曜日

サンタクロースの群れ

今日、都内某所でサンタクロースの群れを発見しました。
みんなバイクに乗って、ひと所を目指しています。



物流センターでもあるんでしょうか・・。
年賀状の配達に比べれば数は少ないでしょうが、
大きさや重さからいって、決して楽な作業ではないでしょう。
寒中、御苦労さまです。

2009年12月18日金曜日

暮れ

酒を飲んで酔いに溺れ、周囲の人に対してする
数々の無礼や自らの醜態について、
反省しきって弱りきりしばらく控えようと思いながら、
また自然と元に戻りつつある回復の途上で、
あのときのおまえは酷かったと言わずもがなの過去について
あらためて問われるのはとてもツライ。

そうなのです悪かったです。
でもちっとも記憶にはない。
黒ずんだ空間の向こうには知りたくもない自分の愚挙がたくさん詰まっていて、
できればそのまま蓋をして、地中深く埋めてしまいたい、
そも、記憶にない過去など、なかったことしてしまえば
そうしたことすらすぐに忘れてしまうに違いないのだから。
しかし人に迷惑をかけた以上、その責任として事実を知っておかねば
謝ることもできないのだからしかたなく、
実際のところ、どこまで酷かったのだろうと尋ねてしまう、
いや、本当にごめんなさい。

たいていそんなふうに酔うのは楽しさが過ぎるからで、
またそういう人たちとは飲みたいものなのだ。
迷惑と言われても、そう言わないでまた軽く、と念をおして
同じことを繰り返すのもしばしば。

いったいこの深夜に何を書きとめておきたかったのか。
いいわけと責任逃れの、非生産的な言葉に違いない。
いや、年末まで続く忘年会でまた過ちをおかすことを
酷く恐れていて、その恐怖が僕に書かせるのだ。
恐怖はいつも後悔のあとにあり、あまり役には立たないけれど。
ひとまず今日はシラフです。お母さん僕は無事です。

2009年12月17日木曜日

オリオンの物語

 東京の空がこんなにも明るいことに、明け透けに驚きを感じることができるようになったのは、いつからだろう。東京の空はいつもこういうふうだったろうし、僕はその下でいくつもの言葉を並べ、聞いてくれる誰かがいたのだから、この孤独な東京にあってそれは恵まれ過ぎていることであったに違いない。僕はそのことにとても感謝している。
 そう思いながら空を見上げていた。新宿のネオンの照り返しなのか、はっきりとわからないけれど、明るい空の下だ。それは東京を象徴していると思う。田舎育ちの人間で、上京してからも長く埼玉県狭山市にいたから気付かなかったことがたくさんあったのだと思う。
 思う、と言えることが最近減りつつあるのではないかと今ふと気を病んだ。日常で出合う事々について、いくつのことを思っただろうか、それは過ぎし日にあってはとうに遅すぎる小さな出来事であったろうけれども、僕の人生がどうであったかという段になると、そういう小さなことが大切に思われぬでもないと、思わぬこともない。
 
 そして空をもう一度見上げた。
 僕はあまりに薄弱にして、空を見上げてわかることといえば、カシオペア座とオリオン座の二つに過ぎない。しかし、いま冬の空にあって、オリオン座の確かに光るその空の、明るさの下の曖昧な不安のなかにいて、その確からしさに幾度となく勇気付けられたことを僕は忘れたことはなかった。だからいまこうしてオリオン座の光るのを見上げながら、その足下にある自分の確からしさについて、二、三の世迷言を語らぬでもないわけだ。

 オリオン座に対する僕の執着は、深く根をおろしている。
 それで明日も立派に生活をして、また夜にオリオン座が灯るだとしたら、曇り空の向こうに明るく輝く強靭なそれ、たゆまなく連綿と悠久と続く時間、そういう永遠に僕は憧れる。叶わぬ願いならば願わぬほうが幸せであったろうと言うだろうか。僕は連綿と続くそのものに対し、僕自身を負わせて、僕は意識の空虚に逃れ出で、一つの雫が湖に溶けるように消え入ることを終に望みとして捨て得ないでいるだろうか、いや、明瞭な論理のなかに落としいれてしまえばいいと願う気持ちもわからぬではない、としても、それでも放つ志向に、未来はあるのだする信仰が、オリオン座に勝るとも劣らぬ輝きを発していて燦然と輝いている。僕が望むのはそれだ。強く、強く、僕はあらねばならない。強さが力なのだ。
 

2009年12月13日日曜日

I am

新宿 BEAMS のギャラリーで開催中の「岡田敦 写真展」に行く。

本展の美しさもさることながら、2007年に出版されている
写真集「I am」を前に僕はまったく立ちすくんでしまい、
そして次に巨大な感情の波に襲われた。

僕は家に帰ってもう一度写真集のページをめくり
ゆっくりと眺めた。そして恐怖を振り払うように
込み上げる感情を言葉に変え、整理し、受け止めた。

そして言葉にできずに残ったいくつかの者たちが
僕に声ならぬ声を浴びせ、浮遊する身体で圧した。
何もかもがひとつになった。




# 普段使いのブログに貼り付けるには過激すぎるかな。。
# 別に、エロとは全く無縁だし、反道徳でもないです
# まあ見ればわかりますが・・・

2009年12月12日土曜日

具体と抽象

昨晩は、Jazz Singer とSax Player とプロダクトデザイナー
で集まって、異業種アーティスト会? を開催。
(焼肉食べながら騒いでるだけだけど 笑)

これが実に面白くて感動する。
でも後半、何を話したか記憶が定かでない・・・。

深夜二時半まで飲んで何故か新宿から歩いて帰ろうと思い
ふらふら歩いていたらどこにいるのかわからなくなって
結局タクシーに乗って帰宅。
朝起きて財布をみるとお札が一枚もなくて!
一体どうしたことだろうと愕然とする。
その理由はまだ明らかでないのだが。

軽い二日酔いのなか十二時過ぎに表参道でビールを三杯ほど飲み、
頭のなかの鈍痛が重みをましているころ、
昨日いっしょに飲んでたPORE 根本さんとまた合流し、
表参道 LOTUSへ。
さすが洒落た店を知ってらっしゃる。

そこで随分話し込んだけれど、僕が改めて強く感じたことの一つは、
「未来のビジョンについてもっと発信すべき」であるということだ。
先日、オペラシティの「ヴェルナー・パントン展」を観たときに、
その圧倒的な色彩や突飛な家具のデザインに驚いた。
もう何十年も前に作られたものだが、そこにはっきりと未来への意志を
感じ取ることができるし、そのような未来は結局実現していないにしても、
忘れさられることなく「もう一つの未来」として私たちの記憶に残るのである。

それと似て、恐れている未来に対する警告と希求する未来に対する情熱を
描いているSF小説が好きだ。ちっとも Scientific でないことが多い。
そのような未来をどうやってつくり上げるのかと問う前に、
まずビジョンを提示することが大切であると思う。

僕たちは具体化する作業にはとても慣れていて、
概念を分析的に解釈し、論理的に組み立てることを好む。
目標地点と現在地を定め、人員・予算・時間などの制約を元に
そこに至る戦略を立て、方法を選別し、リスクを予測し対策を練る。
たとえばそういうことだ。
日本の教育について語るときに、教育そのものについて語るよりも、
子供の人口統計、税収予測、国際社会での優位性、義務教育過程の改革、
といった具体論に落とし込もうとする。
どのような椅子が欲しいかというときに、コスト、耐久性、他社商品との差別化、
ターゲットユーザーの嗜好性、プロモーション戦略と細分化しようとする。

それらの手法が間違っているわけではもちろんないが、
そういう具体化の作業からは圧倒的なビジョンは生まれ得ない。
あくまで抽象的な思考のなかにだけ存在し、
具体化する過程で消えてしまうエネルギーがあるのだ。

抽象的なものを抽象的なまま受け止めるのにはパワーがいるし怖い。
具体化し、理解の範囲に収めると安心できるというのはわかるが、
抽象的なものから逃げない訓練もしたほうがいい。

抽象的な事物は、好き嫌い、善悪、良し悪しといった、
よりパーソナルな判断を求めてくるから、
実は、そういう事物に自然に接することができるようになると、
生きるのがより楽になるのではないだろうかと思う。
根拠を求め原因を洗い確実性を予見し、という具体化の作業の果てには
空漠が広がるのみ、ということが多いからだ。

絵画を初めとする芸術は、私たちの生活の抽象と具体のバランスを
是正するという大切な役割を果たせるのではないかと思う。

2009年12月9日水曜日

閉店がらがら



今日は一樹さんのライブやねん。

2009年12月6日日曜日

Happy Wedding

12月4日にG氏の結婚を祝し、盛大に飲み歌う。
大学時代の仲間を中心に入れ替わり立ち代りしながら
20名近くが参加してくれた。
圧倒的なテンションのまま午前五時を迎え、
昨日は一日中意識は朦朧とし咽喉は痛いし・・・すごいなあ。

結婚という出来事にいまの僕たちは多くの期待を寄せているし、
これがG氏のものだからということはあるにしても
純粋な歓びにあふれているのだった。



この三ヶ月のうちに三人の友人から結婚の知らせが届いた。
急になんだというのだろう? 世界が一変してしまったかのようだ!
このペースで幸せな結婚が増えていけばあっと言う間に、
僕たちの未来はその存在の色を濃くし、祝福の歌は夜ごと響くことだろう。
財布の中身は空っぽで、そして僕はひとりぼっちだ。

日本の教育を変えるにはどうすればいいかという問いに
中学生が自ら集団登校拒否をすればいいと村上龍は答え、
実際そのような小説を書きもしたが、
若者たちが幸福な未来を信じ強く生きていくにはどうすればよいか、
という問いには、全員即刻、幸せな結婚ができればいい。
でもそんな仮定は集団登校拒否以上に現実的でなく妄想の域にも達しないから
いまここにあるひとつひとつの結婚を大いに祝福し、
その永遠を願い、応援し、メッセージを伝える。


それにしても年末、地元で二夜連続の結婚祝いだ。
死んじゃうかもしれない。

2009年11月29日日曜日

消えない花火

岩井俊二の映画が観たくなって
打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』を
TSUTAYAでレンタル。

50分間のごく短い映像のなかに幼い頃の自分が濃密に溶け出していて、
冬本番を迎えようとするいまにこそあえて、
幼い彼らの小麦色の肌や前歯の欠けた笑顔を観るというのも、
遠ざかっていく記憶の熱といまここに無理をして造り上げた青春の儚さが
よりリアルに感じられてよかったと思う。
そのなかで少女の美しさは格別だった。
おそらくと思っていたが、確かに十五年以上前の奥菜恵だった。
人間劣化していくものだなあと思う。
十代の半ばで美しさの頂点を極め、
あとは転がり落ちていくだけのものであるとすれば、
余りに年老いてからの人生は長すぎるように思う。

なんだか少女趣味に聞こえてくるが実際は全然違う・・・。
これはただの感傷です(キッパリ)。

何の話だっけ。

この映画の主題は実にわかりやすいので敢えて書く気もおきなくて
ホースで水をかけたり、浴衣の裾がはだけたりする奥菜恵の映像が
よみがえってきたのだった。
打ち上げ花火と夏祭り、それらはあまりに恋に似合いすぎる。
東京のそれはあまりに人が多すぎて疲れる以外にないが。
そういえば昔、僕と、僕が好きだった女の子と、その女の子が好きな男と、
三人で花火を見に行った夏があった。その男は僕にとって親友だった。
アレは一体なんだったんだろう。
楽しんだはずだという確信だけが宙に浮いてある。

だから一体何の話を・・・。

この映画は、幼き日々の不可解な記憶へと観る者を誘う。
よくわからないことがたくさんあった。
楽しいこともたくさんあった。
それらを経過して、いまの自分がいると思う。
けれどそのころともに笑った友達はいま一体なのをしているのか知らないし、
そのころ好きだった女の子にもいまや微塵の関心もない。
当時のわけのわからないことの数々はいったいなんだったのだろう。
いまになって考えてみれば、花火をどこから眺めたとしても・・・と同じように。
なのに私の心に夜が訪れたらときには今でも
大輪の花となり、轟音と熱気のなかで狂おしく咲いているのだ。

2009年11月23日月曜日

Day One

今日晴天の馬車道にて、
絵描きの吉窪さんを囲んでの食事会を開催しました。

吉窪さんとはもう二年近くの付き合いになるだろうか。
昨年、はじめて彼女の個展を渋谷でみて
僕はもっと彼女の絵に歩み寄りたいと思った。
そうすることで僕の人生はもっと楽しくなるだろうと予感した。
絵画を身近なものとするための仕組みを
社会的なインフラとして提供したいと考えるに至ったのは
思えば、そのときの体験が元になっているのだった。

その後の一年で、僕自身かなり彼女の作品に対し近づけたと思う。
近づくというのは“理解した”などといったオコガマシイことではなく、
作品に向かい合うことを僕なりに楽しむことができるようになった、
というような、あくまで個人的な体験としてのことである。
絵画に関する知識が増えたのではなく、
その後、吉窪さんと何度か飲んだり話したりするなかで、
人間関係が形成されていくのと同じように少しずつ積みあがっていった何か。

作家と会って話すことができたら、
絵をもっと楽しめるんじゃないか。

簡単に言えば、そういうわかりやすい話なのかな。

みんなにもそんな体験をしてほしいと思っていたところ、
ちょうど今週、吉窪さんが個展を開催するという。
彼女の個展をはじめて観にきた人たちにも、
十二分に彼女の絵を楽しんでもらいたいと思い
彼女を囲んでの食事会を企画した、という経緯である。

10人くらいお集まりいただいた。
久しぶりにお会いする人もいて嬉しい。
個展会場で絵をしばし眺めてもらってから近くのカフェに行って食事。
何を話したかはみんなそれぞれ感じたところによるような気がする。

で、二時間後、個展会場に戻りまた作品の前に立ってみる。
「自分が感じたまま受け取ればいいんだと聞いて安心しました」
「作家さんと話せる場があってよかった」
というような声を複数の方からいただけて嬉しい。
吉窪さん自身も楽しんでくれたんじゃないかと思う。
(おそまつな進行は反省したほうがいいよ・・ > 自分)

こういう機会をもっともっとつくっていきたい。
会って話すのはいい、でもそれだけじゃなくて、
個展をみるのはいい、でもそれだけじゃなくて、
絵画はいい、でもそれだけじゃなくて。

スタートラインを超えて一歩目を小さく踏み出した、
二歩目をすばやく続けて三歩目は力強く。

ご期待ください。

本日ご参加の皆様へ
取り急ぎ、御礼まで。

2009年11月21日土曜日

悪魔

別に本の紹介を目的にブログを書いているわけではなくて
ただ本を通じて言葉を綴るのが書きやすいからというに過ぎない。

ダン・ローズの「Don't Tell Me the Truth About Love」。
七つの短編がおさめられていて邦題にはその末尾を飾る一遍、
コンスエラ」が与えられている。
いずれの短編にも愛おしい恋人たちが登場するが、
二人は ―― いや女はあくまで気高く、むしろ男だけは! ――
最上の喜びへと続く階段を踏み外し墜落していく。

作品の冒頭にイアーゴ(オセローに登場する悪役の策士)の
「さあ、しっかりしろ。わが身を海に沈めるだと!
沈めるなら猫か、目の見えぬ子犬にでもしておけ。」
という台詞が掲げられており、いかにも暗示的である。
これに続くイアーゴの台詞をたどってみる。
(僕の手元にあるのは福田恆存の訳文なので少し調子が違うが。)
「・・・熱しやすきはなんとやら、見ているがいい、それだけ逆にすぐにひびも入る・・・神妙らしく取り交わした夫婦の契りが、このおれの才覚と加うるに地獄の悪魔総出の加勢をもってして、なお打ち破れぬということはあるまい。」

七編で繰り広げられる愛は、あまりに悲劇的な結末を迎えるのだけれど
その顛末について、どうしても日常と呼ぶべきものであるとしか思えぬのである。
こうではなかった幸福な恋の行方を思い浮かべ、
イアーゴーの預言的に響く台詞に憎しみを抱いたところで、
事実、舞台の上には、かの二人しかいない。
悪魔は、男も女も知らぬうちにその間に
産み落とされている、招かざる我が子であった。

「・・・彼の涙管は大きく開いた。この塩辛い水はいったいどこから出てくるんだろうと思い、自分の目の裏側で貯水池が氾濫するところを創造した。その水面をマリアが歩いていた。小さな足を少しも濡らさずに。」

女はあまりに完全で気高い。
いや、男はそう信じたいのである。

まあ、いい。

「弓が弦に触れたとたん、騒々しい高波のようなホンダのバイクのエンジン音は消え去り、耳に聞こえるのは自分がぼろぼろのチェロで奏でる音だけになった。一曲弾き終えると騒音がもどってくるが、ゴックの耳にそれは大きなコンサートホールの喝采のように聞こえた。」

この短編では、音楽がとても効果的に配置されている。

次の美しい一文もそうだ。

「毎晩、夕食に降りていくまえに、彼女が全裸でハープの前に座り、そっと弦をつまびくと、夫は彼女の後ろに座って濡れた髪をとかしてやり、彼女の背中が演奏につれてそっと波打つのをながめて、音楽の一音一音を愛した。愛し合ったあとにはよく、コンスエラがニ短調のもの悲しい曲を弾いて、ペリコがじっと耳を傾け、彼女を見つめていることがあった。
 この幸せな日々のあいだ、その曲だけが、ふたりの生活のなかでの悲しいものだった。」

小説には音も色もなくて、それが小説家の負い目であると言えるだろうか。
身体を用いることによっていまここに生み出され現前する物の質量に対し、
疎外された感覚があり、ふと不安になる。
田口ランディの言葉を借りれば、
「面白い芝居を体験するとそこに自分が関与していないことが腹立たしい。なぜ自分は観客なのだろう? どうしてあちら側にいないのだろう? そう思うのである。私こそあちら側にいるべき人間である、と」いうことである。

それで、文章によって風景を立ち上がらせ、
美しい女を、抱擁する熱を、潮騒を、オーケストラを、
経験を超える究極として書き及んだときに、
してやったりと思うのである。

とにかく日経新聞だけじゃなくて、たまにはこういうのも読んでみてよ。

2009年11月15日日曜日

存在について

おととい飲んでいながら右往左往する話題は
ふとシェイクスピアに及んだ。
たしか演劇について話ながら、その舞台の効用、
たとえばストーリーの展開に小説とはまったくちがった
方法論を持ち込むことができるのは何故かということについて、
戯曲を読みながら想像することの有意義があるにしても
いいや、生身の人間がそこに演じている存在感には
到底想像を超えるものがある。といようなことだ。

不思議なのは、演劇の存在感と言ったところで、
あくまでそれは舞台の上で演じられる遊戯に過ぎないということだ。
非現実の存在といえば、その困難がわかるだろうか。

映画は一個の仮想世界を作り上げる。
その仮想的な世界のなかでそれは完成されており確かに存在している。
World Trade Center がまさに崩壊しようとするときに
映画の一場面かと錯覚する理由はまさにそこにある。

中世の王子・王女の登場だから違和感があるのではなく
シェイクスピアの時代でも道具の精度からして
視覚的効果を期待してなかったろう。
能や狂言となるとさらに無知だがあれをみて現実的な存在感を
みる者が果たしているだろうか。

昨日ひさしぶりにオセローやリア王を読み返しながら、
それはあくまで記録写真を眺めているかのように感じられ、
こう結論すれば通俗的に過ぎるとは思いながら、
演劇のもつ非現実としての存在感は、四肢、発声、表情によって
成り立つ世界が持つ、生命力なのだという以外になかった。

あまり演劇について語ると襤褸がでるので話の向きを逸らす。

平野啓一郎の文章にこのような一節がある。

「彼は、先ほど父の死について思いを巡らせたのと丁度反対に、誕生と云うのは、あの一頭の魁然たる雌牛が、この世界に針の穴にも満たない小さな一点を得る事なのだと考えた。そしてそれは、緩やかな時の流れの中で、着実に内から外界を押し退け、その存在の場所を膨らませる。今、その外圧に耐える張力とは、駆け巡る鮮血に一瞬毎に潤う持続である。それは、再び跡形もなく口を閉ざすであろう世界が、束の間所を譲った、生と云う、脆弱ではあるが、容易に侵し難い現象である。」

まるで僕が書きそうな文章だが、悔しいかな僕には
できぬ巧みさがありちょっと舌打ちをする。

ちなみにこれは結びの、
「歩きながら、彼は初めて自分の激しい動悸に気がついた。そして、それを抑え兼ねる事に憮然としながらも、右手にちらつく夕映えの海に、時折見るともなく視線を投げかけていた。」
という一文につながる。(物語のなかでこの海は自死を示している。)

劇中、死を演じようが生を演じようがそこに存在があるのは
生身の他人がそこで科白を吐くからである。

最近、なんだろうとよく見ている絵画は演劇に似て
そこに他人の生命が息づいているのだと言えるだろうか。
私的な空間のなかに食い入る一点として。

他人の鼓動を聞き息づかいに触れることで
それに応じる自らの生命が自覚される。
教養としてではなく、生活として芸術があるというのは
そのようなことを謂うのではないだろうか。

2009年11月12日木曜日

夜の音が鳴りつづく

この深夜は屋根に跳ねた雨滴の音、樋を伝い流れる音の残存が
街を冷ます静けさとなり響いている。

人間はどこまでいっても天候に左右されて
あれだこれだと物思いにふけるのだと思う。

書くことによってしか僕は何かを為しえない。
どのような場で何を書くかは、まずもって基準ではなく
ただ書くということによってのみ為される何かがある、
という前提だけが横たわっている。
その何かを言い表すのは酷く困難に思える。

誤解を恐れずにいえば、描くことに対する僕の興味は、
そのような僕の、書くということに対する執着にのみ依る。
事業として成るどうかは極めて局所的な議論でしかなくて、
そもそも書く・描くことが僕たちが生きるにおいて
無視できなくなってきているということから出立する。

他人は僕のこの書くことへの執着について疑義を呈するに違いなく、
僕はいくらかの弁明を試みなければならないだろうと思う。
と同時にそれを億劫に思うことについて
僕の逃避なのか怠惰なのかと、これまで何度も自問してきたし
あるいはこの場所でも呆れるほど書いたのではないかと思う。
書くことについて書く、という迂遠な。生煮えの。
そうして一歩一歩確かめないではいない僕の臆病なのだ、
ということまでは知った。

「たくさんの人が、たぶん本当はもっと自然に分かり合いたい、
 話したいと感じていると思う。 」
とある人が言っていてこんなふうに素直に表現されることに
驚きや戸惑いを感じたのは何故だろうか。
分かり合うとは何だろう。
なぜ分かり合おうとするのだろう。
小説も絵画もそんな疑問に応えようとする努力の一つの形だ。

言葉が先に先に複雑にいりくんでいきよくわからなくなる。
すかっと晴れることを願いながら、明日の曇り空を見上げた。

2009年11月8日日曜日

あたたかい友を迎えて

今日、自宅に一幅の絵画が届いた。
絵のある生活を体験してもらおうという粋な計らいなのだった。

壁に掛けようというその瞬間の興奮は
買ってきた服を取り出して鏡の前で合わせてみるときのものと
同じで、そのポジティブな高揚は癖になる。
美術館のなかで眺める絵と生活のなかにある絵との歴然とした違いは、
美術館の中にいて異質なのは私であるが、
生活のなかにおいて異質なのは絵のほうである。
それで自然と絵に視線が留まりなんだろうと思う。
ああ、なんだこんなにあったかいヤツだったんだ、と気付く。
異質な私は環境から私を守ろうとするけれど、
生活の中にある私は豊かさのなかで異質を迎え入れることができる。
僕はいま意外とあったかいヤツだった無口なこいつを
眺め、夕食に何が食いたいんだと問うてみたりする。


「本のページに火がつき、燃え上がる温度・・・。」
という、いかした副題を従えた「華氏四五一度」。
名作中の名作といって過言でない、すばらしい作品であった。
そこは本を焼いて回る焚書官が活躍する世界で、
書籍を所有するインテリたちは排撃され屋根裏に隠された書物は
家ごと焼き払われる。内省はいらない、記憶はいらない、思い悩むことは何もない。
その代わりに人々は、一日中テレビと会話し意味もなく笑うのだが。

焚書官の仕事について所長のビーティはこう語る。

「おれたちの文明社会が、これだけ巨大なものに発達したために、かえって少数派を蠢動さすわけにいかなくなったのだ。きみ自身、その胸にきいてみるがいい。おれたちが欲しているものはなにかとな。幸福にくらすということだけだろう。・・・
・・・平穏無事が幸福の要領だよ、モンターグ。平和こそ人生なんだ、モンターグ。内心との戦いはぜったい禁物。争いごとは、外へむけろ。できれば、焼却炉へ投げこむことだ。・・・みんな忘れ去ってしまうこと。なにもかも焼いてしまうこと。あらゆるものを焼くことだ。火はあかるく、きれいにかがやいているんだぜ。」

芸術は娯楽である。芸術は生活必需品ではない。
可処分所得の多い富裕層が嗜好する贅沢品である。

先日も書いたがそういう言葉で逃げないことだ。
現実にある矮小な私という存在から目を逸らさないことだ。
諦めず語り続けることだ。――― 人によって様々なその方法で。

生活する私たちを勇気付けるプロジェクトがはじまる。
空間に鋭く切り込んでゆく絵画はその俊足で多くの人を魅了するだろう。

2009年11月2日月曜日

絵画のこと

絵画の世界を覗いてみる。
そこに一歩足を踏み出そうとする動作に
恐れとも歓びともわからぬ
素直な敬意というものがあって
結局のところ何者でもない無知の頭にしても
だからこそ誘われる未知があるのだと思っている。

絵を鼻先につきつけられて、それでどうだといわれても困る。
ぼんやり向き合っていればいいんだ、逃げ出さないでいることサ
そうひらきなおるのが良いか悪いか。
なんでも良し悪しで判断しなければならないと思い込むのも
空しいことにちがいない、でも豊かであるのか貧しいのか
知らずに生きるのも、いや知ろうとしないで視野を狭めることも
なかろうと思う。
それで鼻先の絵に対し、ぬいっと抜き出す刃のひとつやふたつは
懐紙に包んでおいたほうがいいし、咄嗟の動きが景色を変えると思う。

「現代美術と対極の美意識には感情と感動があるが、現代美術には観念と論理があるだけではないだろうか。・・・芸術を知的に分析して認識するだけで理解しているとすれば、それは芸術の本来の機能としての魂の向上と救済には無関心の立場を取っているのではないかと思う。」(『ARTのパワースポット』横尾忠則

と横尾忠則は91年に書いているが、いまはどちらかといえば、
感情の吐露と表現すれば安いが、
直感的で視覚的な芸術のほうが流行であるような気がする。

では果たしてそれで救われることになったかというとどうだろうか。
イヤ、横尾の言う救済とは作家自身においてのことを言うのかナ、
であればむしろ、観念による救済もあってほしいと願うものだが。

「世代が今少しずつ交代の時期に入ろうとしている。言語的世界は論理的肉体的であるが、視覚的世界は非論理的非合理的非肉体的である。極論すれば宇宙的である。人間は本来宇宙的存在である。したがって後者のあり方が正しいに決まっている。」(同)

宇宙的であるということを直覚するならいまはいい時代であると思う。
具象的なものを頼みにするのもバカらしいのであれば
全てを抱合し自らもそこに融解させ宇宙であると言い切ってしまう
すがすがしさは他にない。

「絵画が人間のための絵画から、絵画のための絵画に移ってから絵画の真の感情が失われて・・・われわれを知的満足感の檻の中に閉じ込めてしまっているのではないだろうか。
 感情や想像力に代って経済が魂を解放するとでも思って期待しているとすればこんな恐怖はない。経済の力が芸術の感情さえコントロールし、押し殺しているとすれば、われわれは芸術に一体何を求めればいいというのだ。」(同)

これは90年の文章である。
経済が感情をコントロールしていると危惧するほど
経済が強い時代だったのだろう。
80年代前半からこの頃の話は滅法おもしろいのだが
書き出すと長くなるからやめておく。
しかし、経済が芸術、いや、私たちの宇宙の無限を定めているという
気持ちは今でも崩れずにあり、
であるから相変わらず芸術のどうこうという話をするときに
そもそものスタートがビジネスとしてどうこうということになってしまう。
他に打ち手があるわけでもなく致し方なしとはいえ、
芸術に一体何を求めるのだという問いかけに逃げずに向き合わねばなるまい。

2009年10月29日木曜日

ポッポ


鳩山由紀夫のホームページ
をみられよ。

なんか変なのが混じっているぞ・・。

No.7 とか、No.13 も・・。No.17・・?

こんなだからポッポって言われるんだよ。
だいたいなんで赤鼻なんだよ。ほろ酔いか。中川か。
作者誰だよ。

営業だ。みんなWEB制作営業をかけよう。
与党になって民主党も金があるだろう。
政治もWEBの時代だ。
オバマ大統領
 のWEBサイトすごいじゃないか。
オンラインで寄付金集めだ。
OBAMA EVERYWHERE だ。twitter なんかあたりまえだ。
MySpace も LinkedIn も Gleeも?
Gay,Lesbian and Everyone Else ・・・いいんだ。自由の国アメリカだ。

ポッポもEvery Whereだ。mixi に、ニコ動に、モバゲーに、なんだほら、
CookPad でつくれぽ公開だ。

* *

最近節約しようと思って、今日はでもワインが飲みたくて、
一本389円という驚きの赤ワイン(スペイン生まれ)を飲む。
苦味があってやはりちょっと何たるかという感じだが、
飲みすすめるとこれも慣れてくるもので、
果たして2000円のワインの20%の値打ちしかないかというと、
そうでもない気がしていや、発泡酒よりもコストパフォーマンスが
いい気がしてきてああなんというか癖になるようなならないような。

そんな夜もあった。なくてもよかった。

2009年10月25日日曜日

スワロウテイル

土日だけ、たまに料理をつくる。
あくまで自分で食べるだけのものだから、
たいした手間をかけるわけではないが、
よく言われるように買い物から調理、片付けまでを含む
食事の一連の支度と、またそれを味わうというシーンのなかで
脳は非常にプリミティブな領野において活動しており、
それが心地よくもあるのだった。



こちらは獅子唐と茄子の炒め煮でこれが実に旨い。
油揚が入っているがこれもまたよい選択だった。



手羽先はまあどうでもよくて脇にあるアボガドサラダ。
うーん、華がある。



これは豚の生姜焼き。写真がちょっとまずいが。
生姜焼きなんぞただ炒めるだけだが、
生姜を買うのは多分初めてだったし、
それをおろして、という行為に実は経験の中心がある。
そしてこういう単純なのは失敗しない。うまい。


何となく岩井俊二「スワロウテイル」を手にとった。
彼の映画が好きで、「リリィ・シュシュのすべて」は原作も読んでいる。
もう何年も前のことだ。
映画の詳細を憶えてはいないけれど、
映画「スワロウテイル」を想い出して浮かぶ感覚は、
さしてうまくもまずくもないないが自作の料理と
それを囲む仲間たちとがあって、そういうなかで
自覚的に強く保たれる幸福感である。

湯気のたちのぼるテントに向かい歩いてゆくと
身体の芯に伝わりくる温もりにつつまれて
それで自分の居場所であるということがわかる。
原作を読みながらまた彼の映画を観たいと思った。
Chara のことが印象的に思い出される。

2009年10月18日日曜日

無気力

久しぶりに本の紹介。

最近、現代の外国文学が気になる。
とはいえ寡聞にして何から読めばいいのかよくわからない。

マルグリット・デュラス「愛人(ラマン)
ジャン=フィリップ・トゥーサン「浴室

の二冊読む。

前者は1984年の作品だがデュラス1914年の生まれだから
それほど新しいというのでもない、トゥーサンはまだ存命である。

「愛人」は力強い筆致と幻想的な描写の印象的だが
内容についてはわかったようなわからぬような、ただ、
女心を書いているといえばわからなくて当然と逃げることもできるか。

引用して済ませる。

「男は自分の娘でも抱くようにして、この娘を抱く。自分の娘ならこれと同じようにして抱くだろう。自分の娘の身体と戯れる。(略)と、突然、娘は男にせがむ、何をとは言わない、すると男は、黙れ、と娘にどなる、もう欲しくないんだ、もうおまえを楽しみたくないんだ、とどなる、とたちまちふたりはまたもたがいにしがみつき、激しい不安のうちにふたりだけのなかに閉じこもる、そしてたちまち、この激しい不安はまたもほどけ、ふたりはまたもそれに屈服して、涙のなかへ、絶望のなかへ、幸福のなかへ落ちてゆく。」

後者は、多分に実験的な臭いのする短編だった。
なかなかよい。もう少し彼の作品を読んでみようと思う。



しっかり感想を書こうという気力がない。

2009年10月13日火曜日

MS orz




(;´Д`) ?ハィ?

2009年10月10日土曜日

生命はあくまで未来に飛翔する

マジックアワーについて殴り書きの原稿? が手元にあるし
書いておきたい気もするが、、
久しぶりにレンタルして観た「BOY A」について
今日は、書いておこうと思う。

簡単にあらすじを記しておくと、
十歳で少女を殺害し当時「悪魔」と呼ばれた少年が出所し、
全く新しい人物「ジャック」として社会に復帰しようとする。
友達ができ、恋人ができ、歳相応の青春を取り戻したかのようにみえる。
しかし、あるとき彼がその「悪魔」であった過去が明らかになり・・・。
という展開である。

過去はなぜかくも重いのだろうか。

先日、テレビを観ていて思わず涙したことがあった。
(嘲笑うように泣かせることに固執するテレビの演出があざといとはいえ。)
幼くして病に侵された少年は痛む身体をして、絵を描く。
その絵は、あまりに生命力に溢れていて輝いていた。
がんばれというやつは口だけだから嫌いだといった。
病に負けないというのはただ生き続けることではなく、
死ぬそのときまで辛苦に耐え、そして愛し愛された家族と共に、
幸福であり続けることだと、彼は知っていたのだった。
彼の絵に勇気付けられた人々を集め彼の個展が死後に開会された折、
彼の母親は言った。
「彼が生きていたいと望んでいた明日、それが私たちの今日です。」

彼にとって病に苦しんだ過去、死んでしまった過去は大きな意味を持つまい。
彼の生命はあくまで未来に飛翔している。


過去はたしかに重い。
一度のあやまちによって、一切の信用を失う。
どれだけ言葉を尽くしても心の底で信じていない人の疑心を変えるのは難しい。
報いようにも、愛を示そうにも、閉ざされた扉の前で無残に腐る。
人と社会がそうなら、人と人もそうだ。
その膠着した関係を解消するのが死をもっての償いしかないのだとすれば、
過去によって死が不可避となるのだとすれば、未来とは何だろうか。
未来はあまりに弱い。

この映画は、スケープゴートになり得る、共謀の少年の存在が
しごく軽率に登場するのが無神経な印象を残してしまうが、
過去にひねり潰される現在と取りざたされることもない未来を描く佳作!
おすすめする。
少年が、緊張した面持ちで、友人と恋人とするふれあいは実に美しかった。

2009年10月5日月曜日

悪しき公理

中川昭一が死んだ。
彼が政治家としていかほどの人物であったか知らないが、
親子二代、政治に関わる運命の非情を観た思いがする。

石原慎太郎は中川一郎の死についてこう述懐しているが。

 *

それにしても、中川一郎の死というのはいったい何だったのだろうかと改めて思う。・・ああした魅力に富んだ一人の政治家が志の半ばで非業の死を遂げなくてはならぬという政治の陰の仕組み、それにからむ気が遠くなるような量の金と、その驚くほど薄い効用との対比の不条理さ。
そうした虚構は現今の日本の政治にとって致命的な主題であり、政治家が人間として何を思い、何に腐心し、何をこそ行わなくてはならぬかということを露骨に疎外してしまう。
・・・政治の悪しき公理を私は中川の死に、そしてその周辺の人間たちや彼らがかもしだしたさまざまな出来事の内にあからさまに見せつけられた想いだった。それは何と強弁しようと一種の地獄絵としかいいようない。

 *

最近では政治家の私利私欲ばかりが取り上げられ、
国家ビジョンのなさを嘆いたりだとか、ポピュリズムであるとか好き放題言われている。
マスメディアの愚を今さら指摘することもないだろうが、
一方で、政治家に罵倒される官僚という構図も当然のような空気があり
一体似た者同士が寄り集まって何をしているのかと
この国の権力者たち(と自認する者たち)のさもしさにうんざりする。
個人的には二世議員の無能とも思わないし、官僚の腐敗とも思わない。
企業ならトップが悪いということにもなろうが、
政治では領袖の首はころころ挿げ替えられ、首相に任命された者が
果たしてリーダーとして認められてそこに立っているのか、
周囲も本人の意識も怪しい気がしてくる。

しかしこの数年で何人の政治家が死んだろう。
もはや記憶も定かでないが、永田元議員が自殺したのは今年のことだったろう。
国を背負う意識もなくて生命をかけるだろうか。
権力への欲望浅ましき、と言うだろうか。
ではその我欲の根源とは何であったろうか、全くはっきりしない。

そう思うと政治の虚構と言いたくもなる。
政治家を掘っても官僚を掘っても国家は出てこない。
疎外された周縁が実態のない中身を嘯いているようにみえる。

2009年10月3日土曜日

追憶、伊豆のこと

伊豆に行ってきたのはもう二週間近く前のことだ。

時間が均質に流れていてそれで気付くと日付は
僕の意識よりも早く進んでいる。
ブログを書くことで一日一日を確かめている。
日記をつけるのと同じように。

これは日記といっても読んでもらうことを
前提に書いているつもりだから、
その点では常にメッセージであるわけだが。

伊豆のことに話を戻す。
先日、新潟の山村について書いたが、南伊豆は海である。
暴れん坊将軍のオープニングで吉宗が白馬に乗って駆ける
砂浜がまさにあり、海岸線は長い。
伊豆の写真を公開しました。
砂浜の写真はない。土地から出ている湯気は温泉である。

温泉につかりながら色々考えていた。
夜、畳の上にしいた布団に入り、虫の音だけがある
真っ暗闇のなかで眼をひらいて色々と考えていた。
考えることが僕に先行する。それが時々辛くなる。

伊豆から帰ってきて、僕は暗闇が海であったことを知った。
じっと横たわって眺めていた暗闇の中に溶け込み、
泳ぎ出した。すると思いがけず景色が広がる。
あたたかい匂いがする。時々岩が肩先や脛に当たって痛い思いをする。
魚の群れが銀色の光の粒となって僕を包む。
いままだ暗闇の海を泳いでいる。

2009年9月23日水曜日

僕たちの戦争

あまり計画性もなく、
慌しく突入したシルバーウィークだったが、
充実した連休になった。

だいたいシルバーウィークという名前が気に食わない。
敬老の日を含むから老人臭くていいのかもしれないが、
ゴールデンウィークとのつながりで単に名づけられたのだとすれば
安易にもほどがある。まったく。



サマーウォーズを観る。
なかなかよくできた映画でエンドロールで流れる山下達郎もいい。
(思わず iTunes で買ってしまった。)


田舎の家族に囲まれた日常世界と、
Ozと呼ばれるシステムが作り出すネット上の世界、
世界の存亡を賭けた事件に巻き込まれていく非日常、
これら三つが重なり合い並行し合い、
踊らされるように立ち向かうように暮らしている。

リアリティ、という言葉を持ち出すと
途端に禍々しく聞こえるが、
映画のなかでこれら三つの世界は重大に扱われることもなくて
ファジーな輪郭のなかで右に揺れ左に揺れしている。

この映画自体がひとつの大きな心象風景(この言葉自体は受け売りだが)を
描いていて、過ぎし夏の思い出、というセンチメンタルな表現がぴったりくる、
それがこの映画を観たあとの最初の印象だった。

一つの恋が世界を揺るがす大事件にもなるし、
一人の家族の死によって世界の見え方が180度変わることもある。
ネット上のコミュニティが何よりも勇気をくれることもあるだろうし、
家族の愛情が何よりも幸福を与えてくれたりする。
一歩外に出ればひとつひとつは全く取るに足らない些事によって
あるいはありふれた現象をなぞるようにして、
僕たちの世界は構成されているし、それ以上は望むべくもない。
一人の人間のキャパシティは、訓練によって多少の拡がりを
持たせることができるのだとしても、
身長の大小に似てその違いは印象の違いを生むことはあっても
実質的な変異をもたらすわけではない。
そのことをとてもポジティブに笑っているような爽やかさが、
この映画にはあって、夏にすごした青春のひとときを思い出させる。

もうすぐ公開は終了すると思うが、まだ映画館は満員だった。
この映画が大ヒットするというのはいいことだと思う。
花札! によって家族をひいては世界を救おうとする少女を、
世界中の人たちがネットを通じて応援したように
この映画を観て感動する僕たちは見知らぬ誰かの幸福を願う寛容に
無条件の賛同を示していたのではないだろうか。

2009年9月19日土曜日

続・越後のこと

まず山里の風景があり、アートはその次にあった、
と書いたがもうひとつ忘れられないものがある。

新潟の米である。



平成の大合併で魚沼産と名乗れる地域が広がったという、
笑い話もあるが、宿泊した越後湯沢のあたりは
かつてより魚沼産コシヒカリを作るいわば名門である。
彼らもそれを誇りにしているから、
あちこちで本当に米をよく食べる旅になった。

食おうと思えば多少高価なのをよしとすれば
東京でも食える米である。
その土地の水を使って炊くことの大切さを語る人もいて、
なるほど東京の水道水ではどうということもあるまいと思うが、
僕は米の味を見極めるほどの食通でもないから、
僕とってこの米を旨く感じさせるのは、なにより新潟の大地なのである。
というところでまた話は、土地についてに戻る。



大地の芸術祭と名づけられた、この越後トリエンナーレには、
廃校や廃屋を利用した作品がたくさんある。

小学校も僕にとって新鮮なモチーフになった。
木造のいかにも古い校舎には、教室、体育館、理科室、図書室、
廊下に低く設置された水場、小さな机、黒板など、
どの小学校にも共通する要素が散りばめられていて、
校舎をぐるりとまわりながらあまりの懐旧に胸を打たれる。
だが、これは僕の母校ではない。
古いものだから懐かしむというのでもない。
雪国の廃屋は、新鮮さはあっても懐かしさはない。
暖かみがある、という程度なら言えるが、生活を感じない。



いっしょにまわっていた方が、
「photogenic」と言いながらはしゃいでいた。
要は、写真を撮りたくさせる作品ということで
光の当たり具合や、視点の位置によって色々な見え方をさせるものは、
撮影のしがいがあるということだろうか。
この楽しみは、撮影することにあるから、
撮った写真をあとで並べてみても「photogenic」な作品
とはなり得ない。
撮影することを通じて楽しむことができるのは、
実物を前にしているからで、写真には何も映されていないともいえる。
その倒錯というか、喜劇もまた面白く感じられた。

あとは音である。
音もまた写真には残らない。耳と眼で観た作品はより記憶に留まる。

2009年9月16日水曜日

越後

土日で越後妻有オリエンナーレ「大地の芸術祭」に行ってきた。

無論、アートの祭典なわけだが、
何にもまして書き記しておきたいのは山里の風景である。



「故郷」というのは考えるに値するテーマである。
僕の生まれ育った和歌山は総体としては熊野古道があり高野山があり
林業の盛んな土地であるが、故郷と限って思えば
和歌浦、そして加太の海が浮かぶ。
潮の香りと波の音に郷愁がある。

そんなことを今更書かねばならぬほどまず海だった。



僕はあまり旅行をしないからそういうことに
酷くセンシティブなのかもしれない。

越後湯沢駅で下車すると風の冷たいのがすぐにわかる。
住宅の玄関は通りから階段を通じてあり二階から入るようになっている。
雪が積もれば一階は埋まる。
山道を走れば棚田があり山の向こうにはまた山がある。
和歌山なら山の向こうには海が見えたと思う。
刈り入れの近い田んぼは黄で森の緑の中に映える。
穂の重みで倒れた稲は風に吹かれ櫛を通した頭髪のように撫でつけられている。



山里の風景は新鮮だった。
アートはその次にあった。

2009年9月12日土曜日

複雑

マグネット(山田詠美)」を読んでいる途中に
枕元に残したメモに僕はこう書いている。

* *

この小説はつまらないと感じる。
山田詠美の他の作品で感じた密やかな歓びというのがない。
しかしふと、男として未熟がゆえこの小説のおもしろさが
わからないのではないかと虚を突かれた思いになる。
男に自らの未熟さを感じさせることに
この小説の目的があったのだとすれば、
これを読み男が不快になることでまさにそれは達せられたのである。
そしてそんな女の意図を感じ取ったとき男はその女を愛おしいと思う。
この小説に書き表されているのはそのような複雑さだ。

* *

今日から新潟のトリエンナーレに行く。
一泊二日。
旅行らしい旅行は何年ぶりだろう?
半分仕事とはいいながら。

複雑怪奇なのは男女だけではないにしても、
全てどうでもよくなってやけっぱちな気持ちにさせるのは、
それが合法の範囲というと女と酒以外に思いつかない。

しかしいくらやけっぱちになっても、
中途半端な理性は回帰する。
酔いのさめて頭痛にうなされる朝がそうであるように、
女のいなくなった部屋に取り残されたときがそうであるように。
その複雑さに耐え切れなくなって、小説という形で吐き出す。

時間がないので端折るが、単純に言えば、
小説を書くのはそのような自己保存のための営為であって、
そうしないではいられないからそうする。
誰かが言っていたが、小説に書いてしまえば、
どのような不幸も、その作品の誕生する契機となったと思えば済む。
ドラマの筋書きをみるように、人生を一つのドラマとして
客観視できるというわけだ。
しかし、あるところで書くことが目的に摩り替わる。
そうすると、あえて不幸に挑むようになる。
作家の人生がそれほど幸せそうでないのは
おさえきれない死への願望にある。

本当に時間がない。
どのようなアートに出会えるか、楽しみにしている。

2009年9月6日日曜日

風が吹いた。投石が始まる

夏はすでに終わってしまったが、
その風物詩の一つとして怪談がある。

押井守「獣たちの夜」がホラーであるというのは、
これが角川ホラー文庫だからという以上の手がかりもないが、
映像化されたら、半ば以降の長たらしい歴史講釈は割愛され、
純然たる娯楽、分類するならばホラーになるのだとう思う。

しかしこの作品の面白さはその長たらしい歴史講釈にある。
いや、正確には、1969年安保闘争を舞台で語られる、
人類の歴史の、壮大なようで卑俗でしかない活動が、
"過激派"高校生が脇役に配されることでさらに戯画的になり、
人の生死の巡り合せが、いかに幸・不幸を演じたところで、
祟りや呪いといったホラー映画の超越的な生殺与奪と
同列にみえてしまうことの悲哀である。


誤解を恐れずに言えば、僕は成人してこの方、
選挙に行ったことがない。
日本国に何も期待していないし、頼るつもりもない。
ただ法律は守り税金は納めている。
それで決められた範囲での自由を得ている。

責任と自由が表裏であるように、権利と闘争も表裏である。

選挙は国民としての最大の権利であるとか、
この権利を得るために先人達がどれだけの苦労をしたかと言う人がいる。
偶さか仮の住まいを定めた土地に割り振られた選挙区の
自民党のA氏であるか、民主党のB氏であるかを選ぶのが、
権利と思えばそうであるし、それ以外の選択肢を奪われた疎外
であると思えばそうにもなる。
郵送されてきた整理券にしたがって選挙という手続きを完了して、
それで何かを為したと思うなら、ただ愚昧である。
しかし、闘争を意志すれば権利にもなる。

とまれ選挙もひとつの手段でしかない。
選挙という権利によって隠蔽された様々な疎外がある。
それで主題は闘争ということに移る。

「このまま終わらせるわけにはいかない ― いや、このまま終わるわけがないと零は密かな怨念と危機感を胸に高校に皆勤した。」

何がどうなって、"過激派"高校生の挫折が高校に皆勤する決意に変わるのか、
もはや喜劇でしかないが、多かれ少なかれ人はそんなふうに
折り合いをつけながら諦めながら築き上げながら生き延びるのかもしれない。

夏にホラーを観るのはストーリーに魅かれるからではなく、
単に暑さを紛らわせるからである。
だが政治を倦怠を晴らすために利用する悪趣味には辟易する。
それで僕が選挙にいかないことの理由をいささかも正当化するものではないが。

2009年8月31日月曜日

冷たい八月

八月末日は夏が既に壊死していたのを知らしめるがごとく、
冷たい風雨にさらされていた。
今年は特に夏らしいという空でもなく、
また季節を感じさせる催しにも私的に興じることはなかったので、
余計に夏の過ぎゆく流れのなかに私の時間はなかった。

さて、二冊だけ本の紹介をしておこうと思う。
ボロボロになった人へ」リリー・フランキー
九つの物語」J・D・サリンジャー

短編集には長編小説にはない趣がある。
むろん両者に明確な境界はないし、
一方で価値が長さに左右されるわけもないのが、
単にどちらもよいといっているのではなく
両者には性質に違いがあると思う。
その違いは爽やかである。

例えていうなら、緑と黄のちがいであり、
夏と秋のちがいであり、
巨乳と美乳のちがいである。とは何のことだ。

それぞれから気に入りの短編を選び、
その一部を引用しよう。

「それは突然だ。/ 唐突に、瞬間的に、すべてがどうでもよくなる時がある。/ それが、今の俺だ。/ 仕事、周囲の環境、人間関係、恋愛、家族、親、大切に思っていたこと、少しずつ築きあげてきたもの、誇り、しがらみ、慈しみ、喜び、悲しみ・・・。」(『おさびし島』ボロボロになった人へ)

「エズメよ、彼は本当に眠たくなったのだよ。本当に眠たくなって眠れば、彼はそのうちに精神と体のありとあらゆる能力が無事な人間に戻ることができるのだよ。」
(『エズメのために』九つの物語)

前者は書き出しの一文であり、後者は結びの一文である。

唐突にはじまり断ち切れるように終わる。
満たされない感情は残る。言葉厚くして語り続ければ、
それが堂々巡りに思えるほど書き続ければ、
やがて主張の輪郭は奥行きをもった立体物へと変わることがある。

しかし、私たちの毎日の思考は、
ふとしたきっかけで頭の中をめぐり、知らぬうちに忘れている、
というようなものだ。

何ヶ月も悩んだ思考の蓄積のなかから選択することはなくて、
直感的に、感覚的に、曖昧に生きている。
それでも何十年かの経験から帰納的に処理しているのだとも言えて、
それが非論理だというつもりも無論ない。

ただ季節が同じように巡りそして去り行くのが
時々侘しく感じられるように、
分断された自らの刹那的な思惟が、
とはいえ日常の私自身の顔つきのままで
風に吹かれ転がるのを切なく思うことがある。
それで短編でも書こうかという気にもなる。

2009年8月22日土曜日

給水エリア

今月ブログあまり書いてない。

思うところはたくさんあるし本も読んではいるのだが。
お盆の間は映画も観た。

伝えたいという衝動が片一方であり、
もう一方で僕自身に語りかけていることの止むに止まれぬ
生存のための活動がある。

共時的ダイアローグと題したときの意味には、
僕自身との向き合いがあった。
そんなネタばらしを今更しても詰まらないことではあるが。
でもなるべく正直になることが大事だと思う。
セラピーみたいなもんだろうか。

わからないことだらけだ。
あと五十年、六十年くらいなら退屈せずそのわからなさを楽しめると思う。

2009年8月14日金曜日

田舎行きの電車は夕暮れ 海を車窓に映し走る

和歌山に帰ってきた。
母校が甲子園の一回戦を勝利で飾った。

飯がどんどん出てくる。
やきそばと初めて見た白ゴーヤの味噌炒めと刺身と鮭の入った酢飯と
茄子の煮びたしと明太子の入ったサラダとなんだかんだと
次々に出てくる。
どでかいスイカを半月に切って食った後、
コーヒーをいれて僕が買ってきたお土産の
ロールケーキ(なんばで買ったけど)を食べる。



たらふく食べる。酒も控えめだし、煙草は吸わない。
これから車を運転する。
それもあって飲まない。
海を見に行こうと思う。車で二十分ほどだ。

2009年8月7日金曜日

もうすぐお盆

給料はほとんど酒の席に費やされる。
こんなんでええんかいな、ほんまに。
読書という非常にコストパフォーマンスのいい趣味と、
そうでなくても金がかかる酒飲みの習慣、
最近はときどきそれに深夜タクシーが加わるだろうか。

お盆は皆さんいかがお過ごし?
わたしはやはりご実家に帰りそうです、はい。
新幹線 自由席 三時間立ちっぱなしのあと、
電車を乗り継いでさらに二時間。
田舎、遠いです。お盆激しく込みます。

飲まいでいられるか?
引越し諦めようかと思って鬱になる・・・。

2009年8月1日土曜日

Freedom Of Expressions

七月も終わった。
最後の日にするにふさわしく蒸し暑い夜だった。
夏本番というと八月になる。
七月は半分は梅雨のイメージで終わる。

今夜はごっちゃん相手に、本音というには
お互いを知りすぎているなかでよく話した。
盛り上がった。興奮冷めやらなくてまだこうやって書いている。
大学を卒業してから、大学で過ごしていたのと同じくらいの月日が経った。
お互いに考えていることも違うし、視点も違う。
同じ教室にいた頃だってぴったり一致なんてありえないのだから当然だし、
そうだからこそ今、会っても面白いというのはある。

でも実際には似てないところより似ているところのほうが多い。
大学時代、僕はごっちゃんに酒も文学も授業のサボり方も教わり、
そしてビジネスとの出会いを演出してくれたのだから。
これから将来お互いどうなっていくのかわからない。

でもちょっと擦れ違うと僕は不機嫌になってしまう。
だけど僕たちは家族じゃない、まして夫婦でもない。
それは野暮だ、と言い放つ彼は相変わらず気風がいい。

なんか彼のことばかり書いている。気持ち悪い。
まあ、プロントでよくやるよね。それがいいのか。

シャルロッカがうまい。

うぇうぇうぇ。

いずれにしたってもう学生じゃないし、
言って終わりは止めにしたい。>俺

なんだこれ↓
神秘的なのいいんだけど男ばっかりちょっと気味悪いお。

2009年7月25日土曜日

ケントス!



昨日は新宿ケントスで、70's ミュージック・フィーバー。
八時に焼き鳥屋で軽く腹ごしらえをして
九時から、飲んで踊ってを4サイクル。最高に楽しい。
気がついたら一時を過ぎていた。
総勢5人いたが、2、3人でウォッカ一本飲み干した。
足りなくなって追加で酒を頼み、
ラストステージが終わったら歌舞伎町でさらに
テキーラトニックを二杯。
さすがに最後は寝ちゃいそうになってふらふら帰宅。

みんなありがとう。
軽い二日酔いだが全然問題なし!

今週、ブコウスキー「詩人と女たち」を読んでいたので、
飲まいでやってられるか、という感じだった。
そして飲み倒した。

Kさんと昨日話をしていて、
経済的にpoorじゃないと、芸術なんてできないじゃないか、
余裕が生まれると魂が入らなくなる、
表現とは自分を失い続けることだ、
失うのが怖くなると表現は曇る。
などと思う。

ブコウスキーは酒を飲み女を抱く毎日を送る
孤独な詩人(彼自身がモデルだ)に最大な敬意を払っている。
失い続け、求め続ける。

「わたしはバスルームに行って自分の顔を見つめた。ひどい面相だった。顎鬚や耳のあたりの髪の毛に混じった白髪を鋏で刈り込んだ。やあ、死よ。といっても、わたしはすでに六十年近くをものにしている。このわたしを鮮やかに仕留めるチャンスは何度も与えてきたはずで、とっくの昔におまえの掌中に落ちていても何の不思議もない。わたしは競馬場のそばに埋葬されたかった・・・そこでなら最後の直線コースでの追い込みの音を聞くことができる。」

僕には失うものなんてほんのわずかしかない。
ちょっとした見栄とへたれな傲慢さしかない。
ブコウスキー、あんたくそったれ最高だぜ。

2009年7月20日月曜日

クラクション

気付いたら今週は週5で飲み会だ。
いくらなんでもやりすぎだ。
半分は仕事だが。

ということで昨日はおとなしく家で料理した。
毎回同じようなものばかりだと上達しないなあ、
と思いながらうまいのよね。
セロリ、じゃが芋、玉ねぎ、ピーマン、
昨日安かった国産牛肉をホールトマトで煮る。

飯

冷めてもうまい。だらだら食いながら缶ビール三本と
ズブロッカを水で割って二杯飲む。

今日は昨日の残りのセロリとピーマンと玉ねぎとホールトマトに
オクラを加えてカレーをつくる。
クックパッド(マザーズに上場したね。)見てたら
豆板醤入れるって書いてあって真似してみたらうまかった。
辛味にコクがでてビールに良く合う。

晩飯

金原ひとみ「アッシュベイビー」あっと言う間に読む。
良い、というのが倫理的に憚られるグロテスクがある。
絶対映画化できないな、これ。
彼女の文章、好きだ。
淀みなく出てくる言葉は刺々しかったり弱々しかったり、
ヒステリックに凄んでみせたり、ほろりと泣いたりする。
猫の目のようにくるくると変転していくさまは
女の子らしいと思う。
でも女性は彼女の作品をどう読むのだろう。
意外と男趣味なのかもしれない。

主題については共感するところが多いが、
勢いで書いたんだろうな、と思う。
そのスピード感がいいとも思うし、
読後にはちょっと物足りなさも残る。
でも五年前の作品なのだからすごい。
21歳なら勢いに任せるしかないだろう。

2009年7月19日日曜日

熱夜

ちっとも書けない。
前書きばかりが長くて本論は間伐されない荒地の
痩せっぽちの杉のようだ。
物語はクライマックスを迎えないまま息絶えている。
屍が累々とあり、腐臭もないミイラのごとく
ただ風景の一部として横たわっている。

他人の書いた文章を延々と読み、酒を飲み煙草を吸って
朦朧とした意識のなかに無理やりに自分を押し込んで
寝入る意識もなく眠る。
これまでずっとそうだったし、これからもそうなのだろうかと思う。

いまなぜか友人のあいだで宮台が読まれていて
酷評されている。
彼らの批判はおそらく正しいのだろう。
(こういう言い方は嫌味に聞こえるかもしれないが。)

彼のような教養主義的で貴族主義的なインテリが
僕は嫌いではない。
ネット社会の未来像」を読んでいると、
それが五年程前の議論だから余計にそうなのだろうが、
戦中に「近代の超克」について議論していたような
無力さと、それゆえの高邁を感じてしまう。

趣味の問題といってしまえばそれまでだが、
書くことの困難が常態化してしまった者からすれば、
非常な嫉妬をおぼえる。

何だろう。もう何もない。

2009年7月18日土曜日

表現における衝動と公共性

今日、田口ランディが「アール・ブリュット」について
話すというので、軽い二日酔いのなか
大崎にあるO美術館に出かけた。
最近飲みだすと止まらない。
回数はそれほど多くないが一回が重い。
昨夜もがぶがぶと行儀悪しく飲んでいたが、
一緒に飲んでいたなかの素敵な大人の女性が
「そういうの好きよ。」というので素直に興じた。
その後はひどかったが・・・長時間飲んでいてよいことはない。

田口ランディについては以前紹介した「コンセント」「アンテナ」
二作を読んだだけで、あとはブログをみている。
話の内容は当然のことながら、
ブログで書かれていることと重なる部分が多く、
僕の想像していた通りのテンションの高い明け透けなおばちゃんが
愉快そうに話しているのを見るという楽しみ以上のものは少なかったが。
ただ過去について、特に作家になったきっかけについての話は
興味深かった。彼女がアール・ブリュットに関わるのも、
それが美術としてどうというより、創作する衝動に向けられていて、
それは作家である限り常にそうだと思うし、そういう意味で、
アール・ブリュットという世界は創作の衝動を端的に体現できる。

創作が衝動の吐露だということはわかる。無目的的に自分自身の暗闇をまさぐって引っ張り出すことによって、自らの生命が白日の下にさらされ、それが生きることのリアリティにつながる。わかりきった感情や合目的的な論理などまったく書くに値しない。ただ、表現のレベルに落とし込み、作品として他者の視線に触れることによって、作品は作品として自立する。批判も共感も取り込みながら作品は社会化されていく。作家は自身の未知を表現すること、それ自体によって少なからず社会化せざるを得ないというアンチノミーを常に宿している。
作家の、あるいは作品の公共性、意味、目的、なんと呼んでもいいが、創作する無意識的衝動とは別に、創作することを通じての目的を考えることは出来ないか?

こんな長ったらしくはないが、上記のようなことを僕は質問した。
(どうやって 笑)
アンテナで書かれていたように「目的と手段は違う」のだ。

彼女の回答はいたってシンプルで、
「意味なんてないよ。生きていること自体に意味がないだから。」
というようなものだった。
でもどうせ生きるなら楽しく豊かに生きたい、と。

生きることに意味がないことなんて言われなくたって
わかっている。その次を誰かに語ってほしかったのだ。
笑ってごまかすには、生きることはあまりにも深刻過ぎる。

さて今日もこれから飲みに行く・・・。

2009年7月11日土曜日

自由か幸福か

十代の頃、といえばもう随分前のことになってしまったが、
書くことに対して、なるべく誠実でありたいと思っていた。
誠実さとは何か。自分が感じたままのことを素直に表現すること、
それだけでなく、自分が感じたいと願ったこと、感じ得なかったこと、
伝えたいこと、その背景にある動機、そういう諸々の複雑を
受け入れることから始める。
書き進めるに従い複雑な全体は解体され行き、
要素があちこちに転がり、転がりが結合を生み全体は再生される。
その瞬間の純粋さ。誠実さを表現しようとすれば例えばこうだ。

いまでも誠実でありたいと思う気持ちに変わりはない。
しかし、誠実であろうとすることで抱え込む弱さも、
同時に感じている。

「しかし、現実の問題としては、どうってことにもならなかったろうね。」
「じゃ、やっちまわなかったことをどうして後悔するの?」
「消極性よりも積極性を好むと言う理由だけからさ。いま僕たちの演じているゲームでは、僕たちの勝利というのはありっこない。ある種の敗北のほうがましだという、たったそれだけのことさ。」

小説「1984年」のなかで、主人公の二人が交わす会話である。
この作品で諷刺される諸悪に対し、僕たちが実際に生きている社会は、
いくつかのアイデアを示し、取り組んできていると思う。
本質的なところでは、けっして勝利に至ってはいないにしてもだ。
言ってしまえばもはや、本質など重要でないのだ。

「・・・私たちの生きている間に眼に見えるような変化が起こる可能性は全くありません。私たちは生ける屍なんです。私たちにとって唯一の真の人生があるとすれば、それは未来にこそあります。・・・」

書き手として、あるいは、若者として、
この社会にどう向き合っていけばいいのか。
僕たちの目の前に歴然と幸・不幸があり、
出来ることがあり、出来ないことがあり、
時は流れ、世界は動いているのであるとすれば。
物事はそんなに簡単じゃない。と思うのもひとつの考え方に過ぎない。
簡単に考えられる人はすごいと思う。
僕にはそれはできない。
ある種の人格障害のようなものだ。

「・・・民衆はか弱く、卑屈な人種であって自由に耐えられなし、真実を直視し得ないから、彼らよりも強力な集団によって支配し、組織的にだまされねばならないこと、人間にとっての選択は自由か幸福かであり、その大多数にとって幸福が遥かにましなこと・・・」

この社会はどこに向かうのか。
考えようが考えまいが何かしらになるし、どうしようもない。
じゃあ死ねばいい、ということになる。
さもありなんと思う。
だからといって地平は晴れぬ。

引用ばかりの手抜きの感想文。お粗末でした。

2009年7月6日月曜日

悦びに咲く花

明日、
目覚めたら梅雨空の湿った空気が鼻先に届いていて、
カーテンの隙間からは朝の透明な光が差している。
夜のうちに降った雨がこれから歩いてゆくアスファルトを
なめらかに覆っていて、きらきらとまばゆい。
記憶の中で笑う君はこれまでみたことがないほどの
純粋の水のなかで飛沫をあげて遊んでいて、
私はそれを遠くから眺めている。
笑い声がする。薄い白い皮膚にふくよかな血を淀みなく流す
年端もいかぬ少女が、アスファルトの岸辺を泳いでいる。
アイスコーヒーの注がれた透明なグラスを伝う水滴が、
裸の太腿に落ちて冷たかった。

夏は元気に泣いていた。
私は熟練した産婆のように夏を、高らかにすくい上げ、
泣きじゃくる子に微かな接吻をした。

世界はそこからゆっくりとひらき、
私は満足のいく朝食を食べた。
綺麗なブルーのネクタイをして、磨いたばかりの革靴の紐を締めた。

また別のところから笑い声が聞こえた。
それは数軒先の若い夫婦の笑いだったろうか。
定かではない茫洋とした世界のなかにその笑いは溶けていった。
燃え尽きた蚊取り線香の灰がベランダで風に吹かれ舞った。
玄関の扉を開けるとぬるい街の空気が遠慮なく私を包み込み、
後ろ手に扉を閉めると私は一歩踏み出して、
また違う笑い声と誰かの足音を聞いた。
私の足音がそれに混じった。
夏に包まれた私の呼吸音は何よりも私の耳に響き跳ねた。

2009年7月1日水曜日

脱稿

みんなで希望をテーマに小説を書き、
読み比べてみようという話になった。
一ヶ月ほど前の話である。

それでどうということもないのに、
締め切りが近づいてくると自然と書こうという気も起こる。
プロとアマの差にについて語れる身分でもないが、
あぶさんという漫画でそれについて語っていたことは憶えている。
語っていたと言うよりも、態度で示すと言うことを
これ以上になく表現していた。
幼い頃あぶさんを読み、僕の心にそのシーンが
痛切に残っている。言葉ではなく、風景として。

できあがった小説はひどく希望のないものだった。
それが必然であるというつもりはないが結果はそうなった。
今ここで披露するのもやぶさかではないがそれで解決するというものでもないだろう。
暗闇を外に放り出せば、陽の内に出されたそれは明るさを手に入れられる
というような単純なものではなく、では、読めばわかるとしても
堂々巡りにもなるが。

僕自身がそれを強く要望していたというのも当たらないし、
小説を書く人が全員同じように語ることそのままに、
登場人物がそのように筆を運ばせるのである。
それが言葉遊びに聞こえるのは間違いでないと思う。

とはいえ書き手自身にとってそれが自由のうちにあったかというと、
それもまた誤りであるのだが。
結局自分が思うほどに自分をコントロールすることはできない。
そういえば皆、ひとつやふたつそれの傍証を見出すことができると思う。

田口ランディがいつもいいことを書く。
上記の文脈に特に関連があるわけでもなく、
また以前にも触れた話題であるが、繰り返し紹介しておく。

2009年6月27日土曜日

夏になった。
この季節の生命の充溢に官能するのは快い。
夏を書いて見事な三島由紀夫の情景と自分の記憶とが交じり合い、
動物的な臭いのする旧懐へと変わる。
多少キザな表現かもしれない。

みんな何を考えて夏をすごしているのだろう。
暑気それ自体は悪しきものとして傍にいるのだろうか。

爪は関係なく伸びる。私の身体の一部だ。
世界が私の部分であるのと同じように。

俺、思春期みてえだなあ。
なんで「春を思う」って書くんだろう。
希望を書くっていってたあれ、どうなったんだろう。

やべえ明日早いんだよなあ。
もう一杯飲んだら寝よ。

笑って笑って。はい、チーズ。

2009年6月21日日曜日

創ること

朝から体が重く感じられて今日は寝たり起きたりを
繰り返し終わった。どうも風邪気味らしい。
乱雑な生活をしているのは自分でもわかる。
が、どうにも止められない。いや本心を曝け出すならば、
更なる乱雑を僕は求めているのだった。
偽装された退廃とでも言うかのように・・・。

なぜ偽りなのか。
雷雨のあと雲間から挿す一条の光にこそ、
快晴の夏空にはない創造の契機がある。
しかしだからといって敢えて破壊から始めると
するならば目的と手段の混同、
単純な自己欺瞞が浮き上がってはこないか。
演技のなかのカタストロフなど・・・。
その矮小は笑わないでいられない。

しかし、何もそう責めてばかりいることもない。
幼児の夢見がきらきらと輝いているにしても、
そればかりが希望ではなかろう。
雑踏のなかに塵と舞う希望があってもいい。
人間の臭いをつくる粒子となっている。

2009年6月18日木曜日

重要な連絡2

丸四日間くらい携帯電話がつながりませんでしたが、
本日復活しました。
携帯なくてもちょっと不便ではありますが、大丈夫ですね。

メモリーは全部消えちゃったので、ご連絡いただけると
嬉しいです・・。
番号はそのままです。
メアドは、docomo.ne.jp ⇒ i.softbank.jp
に修正ください。(iPhone です。新しいの出るって言うのに・・)
あるいはgmail におくって頂いても携帯で見れるようにしました。

取り急ぎ。

2009年6月15日月曜日

「僕らの世代」の原理的考察

昨日携帯電話を落水させたのは、江ノ島の磯だった。
干潮の時にはよい釣り場になるでこぼこした岩場を
走っているときにポケットからこぼれ、
窪みに残る海水の溜まりに落ちた。

すぐに取り出したが電源はつかなかった。
初めに思ったのは、失くすべき過去もあるということだった。

先日誕生日を迎えたとき、僕は過去について書いた
この文章の論理は読み返してみてよくわかならないが、
「見る」という行為を自意識さらには自尊心にひきつけ、
その根拠を過去の記憶に求めるというものだった。
これの念頭には、三島由紀夫の「豊饒の海」最終巻『天人五衰』があった。

三島由紀夫について書こうとするのはかなり荷が重いが・・。
少し長いが引用する。
--
老いてついに自意識は、時の意識に帰着したのだった。(中略)あらゆる老人は、からからに枯渇して死ぬ。ゆたかな血が、ゆたかな酩酊を、本人には全く無意識のうちに、湧き立たせてきたすばらしい時期に、時を止めることを怠ったその報いに。(中略)
『いや、俺には、時を止めるのに、「この時を措いては」というほどのときはなかった。(中略)自分には青春の絶頂というべきものがなかったから、止めるべき時がなかった。(中略)絶頂を見極める目は認識の目だけでは足りない。それには宿命の援けが要る。(中略)
 強靭な意志が宿命を阻んで来たからだ、と言うのは易しい。本当にそうだったろうか。意志とは、宿命の残り滓ではないだろうか。自由意志と決定論のあいだには、印度のカーストのような、生まれついた貴賤の別があるのではなかろうか。もちろん賤しいのは意志のほうだ。・・・』
--

宿命が記憶から来るというのは、実際的な体験としての過去だけでなく、民族や国家、宗教、血縁、土地、歴史といった超越的過去も含んでのことである。それで自意識という言葉がわかりよいという気もする。
本多や透の目は、意志の目である。それは篠山も同様である。
篠山に自尊心を感じるのは僕の誤解だった。
確かに篠山の目は、写真の目は過去を見ている。
それがアイドルであればなおさらだ。
しかしそれは自らの宿命のなさへの嘆きであり、いうなればカーストの低いものが、カーストの高いものへ示す盲目的な畏敬といってもよくて、それで視界はなおのこと晴れた。
篠山が見る過去には、篠山自身が不在だ。
篠山はあくまで客体として「所有」することに楽しみがあるのである。

(これの前のブログだが)第三巻「暁の寺」の読後に一年前の僕はこう記している。
『青春が永遠の時にあるのとは反対に、老いは流れる時の中にある。青春の余りに短命な、花火の燃えるような時間は、それが瞬間的な燃焼の中にあるからこそ、逆説的に、その当事者は神秘的な永久不変の世界へと溶け込み、自らが世界であるという実感をその胸の中に抱くことができる。一方、老いとは、刻々と過ぎ行く時の流れに乗って彷徨う、刹那的な儚さの中に再起し続ける。』

この文章に全て書きつくされているように思うのは、
僕の成長のなさの堂々巡りを示しているとでも言うだろうか。
兎も角、『記憶の喪失は自尊心の喪失と同義だった。』という結論には変わりがない。
そして、その記憶喪失が自らの手によって戦略的に遂行されたのであるということも。

僕たちは過去の記憶を敢えて失くすことで、
宿命から逃れ、現在という永遠のなかへ溶け込もうと企図した。
自尊心という問題を棚上げして・・。
僕たちの世代の"モラトリアム"の字義的な端境期を越えて、合目的的に操作されたかにすらみえる「自分探し」の意味はここにある。

・・・

釣りの記録は友力本願に任せておく。非常に楽しかった。いい企画だったなあ。
(写真をみると4:3のちょっとした合コン企画にもみえるが、3カップル+僕である・・嘆かわしや!)

携帯電話のメモリはまだ復旧の目処はないが
ドコモショップが言うには五分五分ということだった。
前に使っていた携帯からメモリを拾い出せるということを聞いて、
五年くらい前に使っていた携帯(一つ前の携帯は全くダメになって捨てた)
を取り出してみたが、そこにあるのは消えてもいいと願った過去ばかりだった。
結局今からでも再構築できる現在進行形のメモリはあるにせよ、
取り戻すべき過去は消し去りたい過去だけなのかもしれない。
あるいは過去とは消し去るべきものであるというほうが適切だろうか・・。

# また今日も長いな・・

2009年6月14日日曜日

重要なご連絡

携帯電話が水没しました。
メールのご連絡は、Gmailまでお願いします↓
hitanioka あっとマーク gメール どっとコム。

電話でのご連絡は、えーーと・・
会社にかけてくれたらつながりますが・・。

明日docomo shop に行ってデータの復旧を試みますが、
多分無理だと思います。

ということで私はあなたに連絡できません。

僕はそのことをとても重大なアクシデントだと思っています。
あなたにとってはさほどのことでもないかもしれませんが、
あなたが私に連絡することで、私たちの繋がりは元に戻ります。
どう判断するかはあなた次第です。責はすべて私にあります。
ご連絡をお待ちしています。(ってブログで言ってもねえ。)

・・・連絡いただけない場合も、私が連絡を取りたくなったら、
なんとかするってばよ。
iPOD もなくしたし、この際 iPhone 買おうかな。
そしたらメアド変わるだろうから、それこそ全くの僕の無責任で、
連絡取れない人も出るってばよ・・笑
って笑っている場合じゃないってばよ!

ということで、このブログはノアの箱舟?
携帯に登録されていてブログをご覧になっていない多数派の皆様にはレクイエムを。

2009年6月13日土曜日

バジル三昧

昨日もらった誕生日プレゼントでお料理!

昼食は鶏のもも肉を焼いて、頂き物のバジルソースをかけてみる。
何とも単純すぎる料理だ。さすがに工夫が足りなすぎる。
鶏肉はもちっとパリっとさせたいところ。


それでやっぱり順当にパスタを作ろうと思って、
バジルソース再チャレ。具材は鶏肉とトマト。
最後にパルメザンチーズをかけて。

非常に美味! うまい! 天才!

急にミョウガが食べたくなって、二品目。
味噌ペーストも試してみるが、これちょっと甘め。
何につけるがいいかねえ。
ミョウガは普通に酢に漬けて食った。
ああミョウガ。なんで急に食べたくなったのだろう?

食材が昼と夜いっしょだって?
あのねー。一人前しかつくらないから、そうなっちゃうの。
毎日料理するんならまだしも、週一回なんだからさー。
だからけっこう大変なのよ。
一単位の量が多いもの(大根とか白菜とか葱とかブロッコりーとか)
は買いづらく、一日で食いきれないとすれば日持ちしないものはきつい。
そういう劣悪な環境の中で、低レベルな技量でもって何とかしようとするのは
なかなかに大変なわけですよ、はい。
(いつも似たような食材を似たような味付けで食っていると、
 技術もあがらないからね。)

調味料を増やすというのは有効な手段である(ありがとう)。

もうちょっと技を磨いて、珍しい焼酎を取り寄せて、
ホームパーティー第二回に備えないといけない。

2009年6月12日金曜日

不可能だからこそ、と言えば君は。君の神性を魅せた

死の不可能性。
それこそが僕の生きる意味ではなかったか。
情死にしろ、憤死にしろ、名のつく死をいくつ数えあげたことだろう。
死を数えても、生は見えぬ。

しかし・・・死をなくして生はあるだろうか。

言葉が継がない。

それならば、何をもって指し示すと言うのだ!

死も、生も、何も訴えかけてはこない。
ならば何が僕に語りかけてくれるのだろう?

愛と呼ぼう? 神と呼ぼう?

That't all right.

命と呼ぼう。

生命、それこそが! 生命が呼ぶ。

呼ぶ呼ぶ呼ぶ・・・・・・・・・。

* * *


ズブロッカ
、君の名を僕は呼ぶ。

だから、何だって言うのだ。
この怒りを君は知っているのだろうか。
向こう見ずの・・・・

2009年6月11日木曜日

二十六歳の私によせて

誕生日などというのがあった。
ひとつ歳をとった。
まだ若いには若いだろうが、
梅雨に濡れる若葉のような熱気を含んだ飛翔を、
真摯に興じれるほどの爛漫は既に去っている。
若さは無垢な悲哀を笑っても泣いても、
その表情の影に隠そうとしない。
あるいは悲哀こそが若さにとって光なのだ。

篠山紀信のヌード
を見ながら、しかし、写真の中の若さは、
過去に連なっているように思えてならなかった。
(ああこんなふうに酒を飲むというのは
 傍目には切なすぎる光景だろうか・・・)
ヌードに誰しもがみるのは「いつか来た道」のその懐かしく、
甘酸っぱい過去の記憶なのだ。

小説で描かれる場合、それは単純に性行為の描写を思い浮かべての
ことだが、そこにあるのはいま現在の幻想である。
いつか村上春樹が「セックスと死は書かない」とどこかで言っていた
ような気がするが、そのどちらもが小説の中では不可避的な欺瞞を、
つまりは幻想のものを引き出してきてその希少性を問うような不毛が
あるからだと思われた。
村上春樹が実際どうだったかこの際どうでもいいが、
文章の中のエロティシズムは、幻想をあるいは未来を志向するのだ。

とはいえ、そのどちらをも書かないというのもまた不毛だ。
村上春樹はそうは言いながらどちらもたくさん書いているような気もする。
だったら上の引用は全くの作り話かもしれない。
不毛といってそれで済むなら、人間は人間たり得ない。

話が逸れた。篠山自身は、「主体がないことが、僕の主体ですね(笑)。・・・主体を消すということで撮るというのとは少し違う。・・・見たいっていう欲望の塊なんだね。」
と言うが。
見ることへの欲望、その過剰は自尊心の絶対に由来する。
ヌード自体はインターネットのおけるエロ情報の氾濫、
雑誌市場に縮退などによってかつてほどの盛り上がりはない。
今回篠山が美術手帖などに出たのもヌードをアートとする以外に
ヌードの生き残る方途を、いまのところ見つけられていないからだ。
(最近テレビでルネサンス絵画のエロティシズムにについて解説していたし。)
その判断の可否あるいは功罪はともかくも、より本質をとらまえようと
するならば、それは記憶の喪失という問題へといたる。
パール・バックが書いた「大地」への記憶、
「ゴッドファーザー」で描かれた家族の記憶、
司馬遼太郎が追った「この国」の記憶・・・。
鮮明な記憶をなくし、浮遊する私たち、
それは事故というよりも、重厚に練りあげられた企図によって、
戦略的に放擲したのだとしても、結果的に、
記憶の喪失は自尊信の喪失と同義だった。

「所有という意識はどうしてもありますよ。僕の眼が見たんだから、僕のものだって言うね。」
と篠山が言うところの意味に共感しづらい点があるとすれば、
それは上記の自尊心という一点に尽きるのではなかろうか。
記憶をめぐる考察をここではしないが、
忘れ去ることに聡くなった私たちは、ただしかし、
忘れ去られる不安にもまた苛まれる。

二十六年間を祝して ――― 僕はその幾ばくも憶えてはいない。

2009年6月8日月曜日

出奔

昨日、スカイクロラの話をしにいったつもりが、
スカイクロラのゲーム(戦闘機を操縦して敵を撃破していく)
からはじまって、Wiiでずっと遊んでいた。

Wii 初めてやったなあ。
あいかわらずゲームの才能は皆無だが、
それでも楽しめるようになっているのは技術と言うより
体感であると言う錯覚を与えるインターフェースだからである
というようなことを、今更言うのは遅すぎる。

一昨日の金曜日は、六本木にある大人の遊び場に
連れて行ってもらって、朝まで飲んで遊んでいた。
お金もそれなりに使ってけっこうな身分である。
未知のものがあればこれも勉強かなと思って、
なるべく行くようにしている。
未知と書いた。
僕は社交的な人間というのでもなく、放っておけば、
引きこもって本ばかり読んでいるような、かといって、
それだけでは満足できない中途半端なのだがともかく、
未知というのは本質的な意味でそう言うのではなくて、
単に初対面の人に会するとか、初めての土地を歩くとか、
実際的な記憶としての未知でそれが書くことに繋がるから
機会をいただいたら乗るようにしている。
(リクルートの社是からすればゴミのようだが・・)

本質的に未知などというものはいかようにも書けない。
書けないから未知だという未知の定義がそれなのだ。
(別に言語論の話をしたいわけではない)
ユートピアン的な知の探求には少し無理があるだろう。
一方、実際的な未知は偉大だが途方もない。
知識の集積に躍起になるのはやめて全てを
放逐することを憶えたほうがいいかもしれない。

***

話が思わぬ方向に進んだ。

引っ越そうと思っている。
気分転換にもなるだろうし、知らない街に住みもすれば
色々とあるはずだ。またこれも金がかかる。
金はないと不便だが、金をインセンティブに生きるのは難しい。


なんだ。ここまで読んでいただいても何も得るものがないだろう。
すみません。

2009年6月4日木曜日

永遠の少女

スカイ・クロラを観る。

評価は二分というのが通説(というのも変な話だが)のようだが、
これを単に「終わりなき日常」(宮台)と捉えると、
それがそうだと思えば嘆息の賛同へと至り、
とはいえと求めることに急なら空虚を掴むことになる。

若者を描いて「終わりなき日常」が舞台となるのは
前提として受け止めたほうがよくて、そう思って観ると、
細かな仕掛けが良くできていて完成度は高いと思う。
たとえその一つ一つが、既に使い古されたものだとしてもだ。

そういう意味では、「終わりなき日常」は単に実際に生きるこの時間に
だけあるのではなくて、創造される作品の中にもあって、
何を書いても同じように見えてしまうという困難を拭いきれない。
なるほど作家の微力と切って捨てることはできるだろうが、
同様に自らの人生の凡庸を受容せざるを得ないことを思えば
それもいささか酷であるように思う。

スカイ・クロラについては色々言いたいこともあるが、
(いくら書籍を紹介しても誰も読んでくれないし!)
これは実際に見ていただいて、僕の記憶が鮮明なうちに
酒でも飲みながらあれやこれや感想を語り合いたいものだ。

この場では、中森明夫の「アイドルにっぽん」と合わせて
読むことでみえる応用編?についてメモしておきたい。

スカイ・クロラとアイドル論を同じ遡上で述べるのは、
無難すぎるほどであって、キルドレ(大人になれない子供たち)が、
大人たちの仕組んだゲームの中で刹那的に生きもし、
またティーチャー(本編では、Father と英語名で呼ばれるが)によって
にべもなく殺される様、そして死してなお・・・と余り言い過ぎると
結局内容に触れてしまいそうになる。

アイドル論に戻ろう。
中森は言う。(日本国憲法をもじっている。)
「価値なきものとして、偶像を生きること。それが『象徴』の宿命だった。自らに課せられたアンビバレントなその"宿命"を、いっそ今、"理想"として生き直すこと。積極的に選び取ること。それこそ、あるべき私たちの将来像 ― リアルな未来のヴィジョンではないか。」

アイドル論を語るときの困難は、「価値なきものとして、偶像を生きる」のが、
自分ではない、生身の人間でなくてはならないことであるにも関わらず、
積極的に選び取っているのは自分自身であるという位相のズレ、それを取り繕うように
多弁になる自分自身の欺瞞ではなかったか。
『象徴』は常に価値を持たず、その無価値に価値を見出す自分。
アイドルの刹那性、あるいは、自殺あるいは夭折した少女たちの神話、
常に永遠なる少女であることを強いる暴力として存在している。
キルドレが記憶を持ち得なかったのも、彼らが主体的に語り始めることを
恐れたからに他ならない。そうでなくてはキルドレは、平和の象徴たり得なかったろう。

しかし、今さら70年代、80年代について語るのはなぜだろうか。
このような話はインターネット以後のいわゆるオタク文化の内実を見渡せば、
容易に解するという以上の進化を見ることができるはずではないだろうか。
だが表面的な論駁は言いとしても内実にはほとんど進歩がないというのも
また真実なのだろうと思う。
中森がアイドルを語るのも、東浩紀がオタクを語るのも結局は同じことだ。
ぐるぐると彷徨いながら、また懐かしい死の顔がそこに浮かぶ。
旧知のなかとなってしまった、腐れ縁の死よ---
死の幻惑、死の夢見、死の超越、死の希望。
死から始まる物語がある。それが僕たちの生だ。
時を遡るようにして生きる僕たち。

ああ、そうだったのだ。僕はようやくスタート地点に立つ。
無価値を生きることにした僕たち。
それは死から始まる逆廻しのラブストーリーだ。

2009年5月31日日曜日

深沈

昨日現代アートビジネスのセミナーを聞きにいった。
私費でセミナーにいくのは思い返せば初めてのことかもしれない。

主戦場、という言葉を最近よく使うようになった。
僕にとっての主戦場をどこに築きあげるのか。
何を武器に、何の(誰の)ために、何を賭けて闘うのか。
どのような答えに至ろうとも、その戦いのすべては架空、
でっちあげられたものであることは確かである。
・・このようなエクスキューズはもはや不要だろう。

セミナーの話に戻るが僕にとっての主戦場は言葉であると解した。
より正確にいうなれば、言葉にならぬものを言葉にする、
その言語化の作業であると思った。
一つの武器はインターネットであるし、もう一つには事業化である。
僕は学者でもなければ、ジャーナリストでもない。

自分探し的なことに言葉を費やすのは非常に草臥れるわけで、
ただそれも今しばらくは必要な作業なのだと諦めている。

 * * *

色々と読み漁っているが、あまり書くことはない。

2009年5月24日日曜日

ためらい橋

築地で朝から仕事というと妙な響きである。

実際には、セミナーを主催しているというだけで、
鮨をみんなで食おうとか、冷酒をいっぱいやりながらとか、
そんなウマい話はない。

ただ昼飯は、築地で食う。
築地で朝からセミナーは二回目だったが、両日とも蕎麦を食った。
一回目は穴子天そばであり、
二回目の昨日は桜海老のかき揚げ天もりである。
少々贅沢な昼飯だが、築地にはそうしないではいられない響きがある。

住まいの場所によるが、これが勝どきで朝から仕事だと響くものもなくて
ただビル風が吹き抜けていく。だが、清澄白河と言われれば
悪い気のしないのはなんだろうか。
六本木一丁目とか四谷三丁目とか曖昧な場所では寝覚めが悪く、
鶯谷、青物横丁、西馬込に至っては何でそんなことになってしまったのか、
朝から悩ましいことになってしまう。

築地で一日仕事をした後、夜は月島でもんじゃを食う。
もんじゃなどはお好み焼きの出来損ないくらいに考えていたが、
月島で食べるもんじゃはうまかった。というより、
焼き方の問題なのである。
単純に言えば、初めに具を焼き土手を作ってそこにあれを流し込むわけだが、
旨さを分かつ手つきはもっと複雑で、店員さんに焼いて頂くのをみながら、
そうして、もんじゃのモチモチと旨いのを初めて知ったのである。
しかし、もんじゃと言えば、餅明太チーズである。
この組み合わせの妙は、賞賛に値する。
というような話にはほとんど意味がない。

書きたかったのは、ある人にすすめられたカズオ・イシグロについてで、
両親は日本人だが彼はイギリス人と言ってよくて小説も英語で書かれている。
浮世の画家」を読んだが、この作品に漂う日本的なるものとは何だろうか。
舞台は戦後の日本であるし、その出生から作者に日本人の遺志を見出すことも
できるかもしれない。しかし、僕自身が日本的なるものを所有しておらず、
汎用的な世界観の中にいるがための共感であるように思った。

最近長々と書き過ぎるので、もう結びにしてしまうが、
そもそも「浮世」で揺れ動くのを絵画という形であろうがなかろうが、
いまここに生きているからというだけの理由で、
キャプチャーしようとするのは、そもそも無謀なのであって、
しかしどうしたって、いまここでしかありえないのは、
超越者たらざる人間の不具なのである。
その不具に対して自覚的であっても、世界から何かを掴みとろうと
するのは、もはや人間の本能と諦める以外ないのかもしれない。

この作品ではそれらの迷いを深く嘆くのでもなく、
端々にユーモアを交えていくのに生真面目である。
昼の戦時の社会から、夜の浮世の飲み屋街へとつながる入口が、
「ためらい橋」であったり、行きつけの飲み屋の店名が「みぎひだり」
だったり、いちいち可笑しい。

最後にどうしても付け加えないでいられないのは、
日本語訳が素晴らしいということだ。
翻訳でここまでの文章がかけるなら、
母語とは一体何だろうかとすら思うのであった。

2009年5月22日金曜日

アルコーリズムの宴

読書の感想ばかり書いているのも、
どうかと思わないでもないが、
これでニュースとやらを取り上げてみても、
余計なことにとらわれるばかりで、先行きの不透明は増す一方なのである。

「1日平均ビール大びん1本(日本酒1合)未満を飲み、頼れる人がいない人の脳卒中の発症率は、飲まない人に比べて、1.2倍高いことが分かった。2本未満で1.8倍、3本未満で1.9倍の差が生じた。一方、頼れる人がいる人は、2本未満まで0.7~0.8倍と、飲まない人より脳卒中になりにくく、それ以上の大量飲酒になると1.2倍前後に高まった。」

なんなんだ、この事実は。事実にしてこの曖昧さはなんだ。
頼れる人、である。
例えば、インフルエンザに罹ったとなればどうだろう。
親は心配してはくれるだろうが近くにはいないし、
友人がどうこうより、まずは医者だろう。
医者は頼りになる。近くに大きな病院もあるし一安心だ。
しかし「吉野家で会計をしようと思ったら財布がなかった」
という場合はどうだろうか。
300円である。300万円の借金なら頼れる人は少ないがゆえに顔が浮かぶが、
300円ならどうだろう。
隣の客に借りる。これは、かなり勇気がいる。
300円を持ってきて欲しいと友達に電話する。
なんてことだ。人に頼ると、空になった丼を見つめながら、
一時間は待たなければならないだろう。
やはり他人に頼るなんて間違っている。この世で頼れるのは自分と、お金だけだ。

違う。そんなことでもなかった。
酒を飲まなければいいのだった。
しかし、それ以上に酒に頼っているのである。
この調査はいったい何がいいたいのだろう。

厚生労働省研究班の調査、とある。
しかも、「全国5県の男性約1万9000人を10年間追跡し」
このどうしようもない事実を発見したらしい。
この執念はどこから燃え上がるのだ。そんな粘り強い精神があるなら、
保険料の未払いを追跡したほうが、彼ら自身もよっぽど気が楽なはずだ。
しかも気になるのは「5県」の内訳である。
もしかしたら、島根県、鳥取県、群馬県、大分県、岐阜県、かもしれない。
だとしたら、正直、どうだっていい。鳥取県が愛媛県だったり、
群馬県が福島県だったりするかもしれないが、どうでもいいレベルは変わらない。

さらに、意味がよくわからないのは、この「大発見」についての
大阪大学教授の言である。

「みんなで楽しく飲めばストレスを解消し、脳卒中予防に役立つのではないか」

そんなことでいいのかよ。それなら全然気にする必要はなかった。
楽しく飲めば、大量に飲もうが、脳卒中になる確率はたかだか1.2倍である。

もはやよくわからない。この曖昧さの前にいっこうに太刀打ちできない。
日本の官僚が国費で10年間調査したことである。
この国はどこへ向かっていくのだろう。
その前に、5県以外はどうなんだ。
東京都だと頼れる人がいると2.0倍で、
1000万円以上の貯金があると0.2倍かもしれない。

しかし、現代のセグメントの網の目の中ではこの事実を受け入れ、
「発見」として喜んで掲載する、メディアがあるのである。

米医学誌アルコーリズム6月号

アルコーリズムである。
この思想はなんだ。おそらく、会員は全員二日酔いかアルコール中毒で、
この医学誌を読んで今日も、楽しく飲みに行くのだろう。

もう飲まなきゃやってられない、ということだと結論しても、
あながち間違いではないだろう。

厚労省、よくやってくれた。

そして次の「中部電力:エビセン量産機を開発 乾燥時間50分を2分に」
というニュースを見て、また愕然とし、中部電力がエビセンに込める想いを、
思案して、今度ばかりは、途方にくれるのである。

2009年5月19日火曜日

スポーツ刈り

今週、ちょっと忙しいです。

ここしばらく、うだうだ言ってた五月病と思われる憂鬱は収まった感じ。
でも油断大敵、豚インフルに気をつけようぜ。
でないと社会から排除されちゃうよ。この豚野郎って。
うだうだにお付き合い頂いた方、あいすみません。

土曜日散髪に行った。
ここ四年ぐらい代官山の同じ美容室に通い続けている。
今年で開業五年目を迎える、ということだった。
拡張工事によりバルコニーにあって髪を切られながら見える桜の木は、
初々しい気負いとともに、その面影すらとどめなくなってしまったが、
いまでは10名を超えたスタッフが、落着きと安心感を整えてくれている。

28歳の店長は、僕が相手だからそうなのだろうが、
手先に集中して寡黙である。時々、美容院の経営について話してくれるが、
おもしろい。そんな美容師は、他にいないだろう。
女みたいな男に、ヘアカタログを見せれて、「どんなイメージがいい?」
とか聞かれても、いかん、虫唾が走る。彼なら、そんな野暮はしない。

「今日もさっぱりで?」
「はい。前回とちょっと違うさっぱりでお願いします。」

すばらしく洗練されたコミュニケーション。
それでも今回「やたらバリカン使うぞ」と思っていたら、
仕上がりは、昔懐かしい、スポーツ刈りだった。
いいけど。スポーツマンって思ってもらえるならいいけど。

寡黙な彼の手先と鏡に移る自分の顔をぼんやりと見ながら、
考え事をしていると、いいアイデアが浮かぶ。
顔にタオルをかけて頭を洗ってもらいながら、急にポジティブに啓ける自分がいる。
それで帰りには、ワインでも買って帰ろうかと思う。

あれ、そういうのないですか?

話変わって、GW中、あるイベントで谷川俊太郎さんを至近距離に見た。
おじいちゃんだった。
宇宙連詩っていう、魅惑的なイベントが近日ある↓
http://iss.jaxa.jp/utiliz/renshi/symposium09.html

宇宙に、参加費用を取るなんていう、せせこましい考えもなければ、
月曜日がどうという感覚も、当然ない。

2009年5月16日土曜日

生命の賛歌

田口ランディのブログ、というのがあった。

少し読んでみたが、おもしろい。
松尾スズキのブログは不景気の影響で(!)終わっちゃったし、
代わりにというテイストでもないが、読んでみようと思う。

そこで書かれていたのが、上記のリンクの文章で、
一度目に読んだときは、そうだな、と得心した気もして、
二度目に読んだいまは、少し違うな、と思った。

『困難や責任などのめんどうなことは「今はない」のである。だけれども「先にはあるかもしれない」と思い、先のことを考えて「めんどくさく」なってしまうのである。』

と言う。似ているが少し違う。
先のことを考えて面倒になるのは、今ではなく、未来である。
その未来を実現するのが、大変だからではなくて、
どのような未来を実現しても結局は同じように、
『別にいいけどね』の範疇だから、
先のことを考えて、ではなく、先のことに、めんどくさくなる。
そのめんどくささは、全てに先んじてある。

『現実レベルから一歩も出ないような意識状態で未来を先取りすれば、その未来は当然ながら現実が矮小化したものにならざるえない。この現実に大満足ならそれでもいいが、意識による未来の先取りなどものすごくリスキーであると思う。』
というのはまさに真理で、そのリスクは痛いほど知っている。
リターンがないが。
このリスクは、めんどくささと通底している、根源的なものである。

例えるなら、一歩一歩階段を昇っているようなもので、
一段ごとに景色は変わるし、はじめから登りつめた先の景色を想像して
どうこういうのも、確かに詮無いような気もするが、登りつめたところで、
「同じように違う」景色があるだけで、また次の一歩を探して、
昇るか何かする現実しかないのであって、そのことも含めて面倒だと思う。

そう思って上の言葉をみると、やはり違う。
未来は、未来としてあるのではなくて、いつだって、現在として迎え入れられる。
迎え入れられない未来を想定しても、それは、「できることなら・・・」
といっているのとかわらなくて、それ以上の不毛はない。
現在となった未来は、いつだって卑小である。

田口は呪縛というが、その呪縛から解放された若者に何を望むのか、
よくわからない。
呪縛などいうものはなくてただ現実がある。
現実を呪縛というなら、未来もいずれは現実になるし、
というより、そもそもはじめから、未来は現実の一部なのである。

未来は確かに未知である。しかし、どこまで未知を広げたところで、
現実以外のものではない。
『「できることなら……したいが、しょせん死ぬのだからめんどくさい」ということはないであろう。』
というが、死を想定しようがしまいが、
面倒だといっているのは現実についてであって、
現実は死に脅かされない。
現実を打ち破る死は、他でもない自分の死でなければならない。
先取りした未来に想定される死ではなく、いまここの死、である。
しかし、それこそ、現実レベルを超えたいから、
現実の死へ至ろう、というのでもないだろう。

自殺はどこまでいっても「想定した死」以上のものではないから、
どうにもならない。
それで、死ぬために、死刑になるために、殺人をおかした若者のことを
思い出したが、こうやって引き合いに出すのは軽率に過ぎるだろうか。

いずれにしても、田口の困惑はよく理解できるが、困惑していても仕方がなくて、
なぜなら生きている。

あんまり書くとまた暗いと心配される(^^; が、
これは生命への賛歌である。


話は変わるが、中学生の頃、好きだった女の子に、
「ネクラだね」と言われたことがあって、
ネクラという言葉をその頃知らなかったけど、
語感で意味はわかる。
そりゃー、ショックでしたよ。
こちらは元気に校庭を走り回って先生に反抗して、
もちろん読書なんかしてなかったしねえ。
彼女の言霊が、俺を呪縛するのだ。
いたいけな少年の胸に突き刺さった、呪いの剣なのだ。

G・ガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録
は、こう始まる。

「自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。」

2009年5月13日水曜日

生と死について

田口ランディの「コンセント」と、飯島愛の「PLATONIC SEX」を
続けて読んだのは全くの偶然であるとは言いながら、そこに、
僕の企図が透けて見えるのも認めざるを得ない。

「PLATNIC SEX」について、書くことをためらう。
この作品ついて書くことが、飯島愛の死に及ぶことに、
非常な恐怖と不安があるからだと思う。
あと10年もすれば、彼女の死は、この作品と結びつけるかたちで
いろいろな批評の対象とされるだろうし、
2000年代を象徴する、ひとつのトピックとなるだろう。

「コンセント」を読んでない人も多いだろうから、
どう言ったものかと思う。
確かにこのブログは「あなた」に向けられたものではないし、
言い切ってしまえば、僕自身の自己満足の謂いでしかない。
しかし、僕に向けられた言葉は、少なからず「あなた」にも向かう
だろうと僕は思っている。そうでなくては、本当に生きている意味がない。
あるいは、生と死の違いを失ってしまう。

「コンセント」と「PLATNIC SEX」をどう解釈していくかは、
置いておいてもいい。
それでもこれを通じて、考えてしまうことがあり、
それは、生きていることと死んでいることの違い、についてだと思う。

シンプルに言うならそういうことだ。
だから僕は、生きている「あなた」に向かって書くのだと思う。

だからこそ、みんな、ひとりでは生きていけないのだと思う。

2009年5月9日土曜日

ペトシーンの丘

中途半端な時間に昼飯を食って、
最近なんだかもたれるようになったっつーか、
食欲減退気味っつーか、
スーパーで酒とつまみだけ買い夕食にする。
まるでアル中みたいだなんて思いながら、
安ワインが一本空いちゃいそうで、なんかこう、
面白いこと書いちゃって喜んでもらおうかなあ、なんて。

キボーなんてなくたって元気で頑張ってます、とか、
俺やっぱ世界一目指すわ、とか
別れたカノジョでオナニーしました、
とか、そういうのさ。
ホントかウソかなんて、ドーデモいいくせに、
眉間に皺寄せて、ウゼーなんてポーズは、
もういいよ。飽きた、そういうの。

存在の耐えられない軽さ」について。

たった一人も幸せにできるかどうかあやしくて、
半ば、のたれ死んでる自分を想像して、羨望しているくせにさ、
「嘆願書を大統領に送ることより、地面に埋められているカラスを
 掘り出すことのほうが、はるかに大切です」
っていう、言葉の意味を理解しようっておこがましいわけ。

「ただ一度なら、全然ないことと同じである。・・・歴史も個人の
 人生と同じように軽い、明日はもう存在しない舞い上がる埃のような、
 羽のように軽い、耐えがたく軽いものなのである。」

俺の人生。
「人間は空気より軽くなり、空中に舞い上がり、地面や、地上の存在から
遠ざかり、半ば現実感を失い、その動きは自由であると同様に無意味になる。」

この本はヴィレッジヴァンガード でみつけた。
恐るべし、よね。

何で書くんだろうって。ただ俺は、息子に受験勉強押し付ける親みたいに、
俺の何かしらかが、クズ共に認められなかったた何かが、
一度きりのこのクソみたいな人生を超越して、燦燦と輝くのを、
俺の範疇を超えるものに、託したかっただけなんだろうなあって。
そういう夢精する瞬間の無責任な幸福感に、
浸っていられる永遠があればいいなあって。

「人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って前へと
 走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。
 幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。」

アル中でもないし、鬱病でもないし、フリーターでもないし、
でも、捨てるほどのものも持ち合わせていないのよ。

書くだけ書いてあれだけど、俺たいして追い詰められてないのよ。

余裕。これぞ大人の余裕ってやつ?

「ペトシーンの丘で銃を持った男に、『でも、これは私の希望ではないの』
といったように、いってやろうと思っている。」

2009年5月6日水曜日

希望について

希望という言葉に臆病になったのはいつからだろう。
気付けばそこにあって、永遠に付き合っていかなければならない
ホクロに対峙しているかのような、脱力的な諦観。
希望に対する、この根源的遅れを、悔いるようになった。
社会に責任転嫁したところで解決にならないどころか、
追い詰められたような気分にしかならないのは、
希望が、結局は個人的な体験であるからだ。

村上龍が「この国には何でもある。・・・だが、希望だけがない」
と書いたのは、ちょうど十年ぐらい前だった。

宮台信司はそれより少し前の1995年に「終わりなき日常を生きろ
と題し、これを書いているのだが、オウム真理教の事件を受けてのことだった。
明確な悪があると、「日常」をそれに抗して象ることができる。
しかし、宮台自身も書いているように、
オウムという悪は「あっと言う間に風化」した。
東京から遠く離れた(地下鉄すら存在しない)田舎にいた僕は、
その巨悪に怯むことはあってもリアリティはなかった。
それは単に無知の問題かもしれない。

話を本書に戻すと、ブルセラ少女の「終わりなき日常」と、
60年代SFの「ハルマゲドン後の新たな精神文明」を対比しながらの
考察は、非常にすっきりとしているし面白いし、
僕自身(理系男子)核戦争後の日常を書いたこともあって(最近だけど)、
素直に理解できる。

しかし宮台は「終わりなき日常」を受容せず希望の光を求めることの
逆説的な危険性を指摘しながらも、肝心の「終わりなき日常」を生きるキツさ
を乗り越える知恵については、本当にそれを具して生きるに足るものを
まったく提示できていないように思う。
宮台が繰り返し強調する「コミュニケーション・スキル」とは
いったい何のことなのか。僕にはちっともわからない。
(「宗教のオンブズマン」は理解できなくもないが冗談としか思えない。)
もっと正確に言えば、希望のない世界には期待せず「まったりと」生きなさい、
というのが、本書の結論といえば結論なのである。

とはいえ、最近のビジネス系ハウツー本や占い本も含めて一切合財の
コミュニケーション力ハウツーの流行は、宮台の議論の延長線上かも知れなくて
機会があれば、それについて考えてみるのも面白いと思う。
しかし、根本のところで、僕たちの希望は店晒しのままであって、
それを救済しない限りにおいて、少しの議論も不毛であると僕は感じている。
(いま宮台が何を書いているのか知らないことを断っておく。)

日常が終わらなかろうが、生は終わりに向かって刻々と流れているし、
刻々と選択をし続けていかなければならないのは変わらないからだ。

といっても、僕にも答えはなくて、答えがないということを知りながら
そう言ってしまうのだから、困ったものなのである。
本書で、宗教も危ういし「恋愛」であればと、少し書いてある。
僕も落としどころは「恋愛」くらいかなあ、と思わないでもなくて、
まあそれで、他人の恋の話や、デートノウハウに興味津々の
最近のメディアの姿勢は、世相なのだと妙に納得したりはするが。

2009年5月3日日曜日

「蛇にピアス」の所有をめぐる闘争

同世代の作家の不在あるいは期待と言いながら、
僕は金原ひとみという存在を避けていたのだと思う。
二十歳に芥川賞を受賞という輝かしい実績は、
何よりも僕にとって早かった。

蜷川幸雄が映画化したというので読んだ。
むしろ蜷川幸雄を通じてはじめて僕は金原ひとみと
向き合うことができたのだと思う。

以下は、作品の内容に触れるし、
読んでいない方にもわかるようには書かない。

「蛇にピアス」をめぐる所有について、である。

所有という語は、小説をかなり忠実に再現したと言える映画の中で
より鮮明に表出される。
小説では、龍と麒麟の刺青を完成させた後、ルイがこう話す。

所有、というのはいい言葉だ。(略)やっぱり人は人間も物も所有したがる。全ての人間は皆MとSの要素を兼ね備えているのだろう。私の背中を舞う龍と麒麟は、もう私から離れる事はない。お互い決して裏切られる事はないし、裏切る事も出来ないという関係。

龍はアマの、麒麟はシバの身代わりである。ルイはそれを所有し、
かつ、アマ、そして、シバはともに、ルイを所有しているという、
共犯関係にある。瞳のない龍と麒麟は、ルイという舞台に閉じ込められ争う。
いや、それは、争いというよりも、ルイの血肉となって同居していたはずだった。

裏切りはルイから始まる。
それはなぜか? なぜ、念願の龍と麒麟の刺青を完成させた後、
生きる気力を失い、「しょっちゅう」死を、つまりは所有関係の解散を
願うようになるのか。スプリットタンに至ることへの焦り、
それは死への焦りに似てはいなかったか。
(解説での村上龍の問いの一つ目はこれだ。)

ところで、刺青が象徴するとはいえ、ルイ、アマ、シバにとっての
所有関係とは具体的にどのような関係であったろうか?
本名も年齢も職業も、何もしらない彼らの関係は、
果たして所有と呼べるほどのものだったろうか?
携帯の電源をOFFにして隣町に逃げ出せばそれで、
東京の人混みに紛れて終わる。例えばそういうことだ。

それを痛みという、この映画のキーセンテンスで説明してしまうのは
あまりにも容易だ。なるほど、ピアスや刺青に表される
肉体的痛みは、自分の生を確認する大切な手法だったに違いない。
アマの犯す第一の殺人、シバの犯す第二の殺人と、
横滑りしながらそれらの痛みを引き受けていくルイ。
SとMと言ってもいいが、傷つけあい痛みあう関係こそが、
彼らの所有感であって、幸福な家族が築く関係とは対極に位置していた。
シバがルイの本名を聞いたその日からシバは家族的な愛情を示すようになった。
例えば結婚という言葉が予期したように。

金原ひとみは、自らのスプリットタンや刺青に対する不思議な欲望を、
ルイに投影させることによって昇華した。
アマはルイの痛みをすべて引き受けて死んだ、とも言える。

しかし、この連鎖はいつまで続くのだろう?
そしてそのあまりにも過酷な連鎖に、人は耐えうるだろうか?

2003年、この年、僕は19歳、大学二年生だった。
SARSが流行して、六本木ヒルズがオープンし、
スーパーフリー事件がおこった。
僕は得体の知れぬ東京の波に飲まれ、四苦八苦していた。

いまも根本的には何も変わっていない、といえばそうだ。
むしろ追い詰められていくような閉塞感は増しているはずだ。

2009年5月2日土曜日

迷いの果てに

「何に迷っているのだ?」と問われて、僕は言葉に窮した。

それは僕が選択に躊躇しているからではなくて、
この透明な世界に生きることのイノセンスを、
所与のものとして引き受けている僕と言う主体が抱える
根源的な遅れに、その原因があるように思う。

実存主義的にというとさらに話はややこしくなるが、
<生-死>という一連の繋がりが、主体の選択によって、
世界と同じ平面状で屹立する場合には、
選択は意志となり得る。
しかし、この世界が、完全なるものとしてある限り、
(なぜ完全なのかと言い出すと長くなるので置いておく)
<生-死>の対立軸をあえて持ち込もうとするのは、
世界に対する主体性としてというより、
主体性への飢えがつくりあげる強迫観念でしかない、
と言える。

世界がたとえ完全なものであったとしても、
僕たち(と敢えて複数形で語る)は、その中においても
やはり選択を繰り返している。
<非決定>の透明な世界における、決断の数々は、
たとえばRPGにおける勇者の一歩のようだ。

ところが、そうであったにせよ、僕たちは進まなければならない。
映画のフィルムが流れるように、押し出されるようにして進む。
ひとつひとつの決定は自作自演で織られていく。
僕たちの迷いは、そういう意味で多層化している。

軽々に口にするべきではないと思うが、
先の連続殺人で、容疑者が死刑になりたかったという
語りは、僕たちの危うさが滲んでいるように思う。
どうして自死という選択が彼の中になかったか。
あるいはなぜ単純な暴力の狂気として発露しなかったか。

僕たちは何に迷っているのか?
その問いは多層化した僕たちの狭間にしみ入り、
僕たちはその問いの前で、自らの弱さを自覚する。
時は流れていく。

* * *

ゴールデンな日々の幕開けなのに、暗い話になってしまった・・・

2009年4月29日水曜日

dreamed a dream

言葉にならない。

最近はやりのスーザン・ボイルの歌なのであるが、
埋め込みが無効なので、YouTube側でみてほしい。

歌がはじまって数秒で僕は涙を流していたし、
それは何度見ても同じだった。

彼女の歌声の、あるいはこの映像の何がそこまで
僕に感応したのか、正確に言葉にすることはできない。

けれど、全世界で何万回と視聴されたであろう彼女の歌声は、
果たして僕だけに感応したわけではなくて、
何かではなくて全てだった。

直接的に言及するに至れず、迂遠にその輪郭をたどろうとすれば、
まさにYou Tube の本領であったと思う。
ここには意志が感じられる。
インターネットの可能性というと、もはや胡乱な印象しかないが、
真摯に向き合う意味のある対象であるにはちがいないし、
それに関わるのならば、意志に照らされた道を歩むことだ。


泣きはらした心がまだじくじくと濡れたままになっていて、
言葉にならない。
あるいは、言葉にすることの不毛にたじろんでいるのかもしれない。

2009年4月28日火曜日

様酔い

Ben Folds を聴きながら。

もしもピアノが弾けたなら、
僕は君の、君の、隣にいるわけでもない君の、
どこか遠くにいる君の、君の、希美の、キミにむけて
歌を唄うだろうにね。

あてどない、キミ宛の、言ってしまってよければ、
愛の歌を唄うだろうに。

そんなこと、他人事に想って忘れ去るのは、
キミも僕も同じだってことにしておくから。

そういえば、もうすぐ連休だってさ。

残っているものと言えば、数え切れるようになってしまった。

それはきみのせいだろう?

頭痛い。Clebrate、Celebrate

五月はテキーラが似合うって、書いたのはもう一年も前だっけか。

それからくらべれば、僕もずいぶんと変わったろうか。

きみは何も気付かないから。
僕もさとられはしないから。

One Night I hope though I am.

そっと

でも

つまらないから、僕はきみの名を呼ぶ。
きみはそれを、風鈴の音に例えるかもしれない。

届かないからって、僕がきみの名を間違たことにはならないだろう?

きみはいまそこにいるのだから。

Ben Folds !

2009年4月26日日曜日

わけがわからないぐらいに

日に日にせわしなさが募る。

英語を真面目にやろうと思ったが、それが三日だろうが、
三週間だろうが関係なくて、坊主になれば意味がない。
三月中にパスポートを取得して、
ゴールデンウィークにはイリノイにいる友人に
会いに行きたいなあと思ってはいたこともあったが、
ゴールデンウィークが目前に迫っても、
パスポートどころか、予定の一つもないままである。

仕事云々を抜きにしても、いくつか原因はある。

ひとつには、以前書いたように、ある事業の立ち上げを
目論んでいて、これも大層骨を折りながら遅々として
整った姿にならない憂鬱がある。
少しずつ勉強を進めていて、そういう意味では読書量も増えた。

もうひとつには、思うところあって書き始めているものの、
こちらも先が見えずに一進一退というところであるが、
勢いが大事であったりするので、途中でやめることは難しい。


そういえば、草なぎ君の勇姿について書いておこうと
思ったのだった。

「僕はたくさんお酒を飲みまして、
 自分でもわけがわからないぐらいになってしまいまして、
 大人として恥ずかしい行動を起こしてしまいました。
 とても反省しています。」

見事なスピーチだ! こんなことを真面目な顔で言わなきゃ
いけないことは、さらに恥ずかしいことだろう。

警察に連行されていくところを記事にされていて、
逮捕という惨事に対し憔悴しきった表情であるというような
解説がされていたが、そんなことよりも、
とにかく二日酔いで頭が痛いことのほうが、耐え難かったろうと思う。
それは、事件直後、
「憶えてないけど反省してます」と言っていたのに続いて、
「留置所で少し眠って落ち着きました」とコメントしていたのと同じ、
本心であると思う。

総務大臣だがか何かを言っていたが、まさか中川昭一の醜態を
忘れてしまったわけでもあるまい。

そういえば、さらに以前、プロ野球選手だった、
伊良部が酒を飲んで暴れて逮捕されたが、
生ビールを中ジョッキで20杯とか、ありえない量だったと思う。
一杯500MLとして、10リットルだ。10kgだ。


草なぎ君について何を書き留めようとしたのだったか。

2009年4月19日日曜日

推薦図書

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

この作品に出会うきっかけになったのは、
TSUTAYAのレンタルDVDコーナーだった。
タイトルからしてセンスを感じてはいたのだが、
映画 → 小説よりも、小説 → 映画 のほうが楽しめる
ように思っていて、それで放っていた。

現在の作家(同世代とも言えないが)の中では、
久しぶりに良い人に出会った。

なんだかいま疲れていて熱く書きとめる気力がないのだが、
田舎という舞台で演出されることによって際立つ都市性に
非常な印象をうけた。
浅ましい身勝手な人々は、互いを嫌悪しながら離れられずにいる。
寄り添いあい、傷つけあい生きている。

小難しく分解する気をおこさせない、
一つの塊として厚みをもっている作品は完成度が高い。
と思う。

演劇に最近興味がある。(みてないけど)

2009年4月12日日曜日

六本木モダン

今日は、国立新美術館に行って「アーティスト・ファイル2009」を観る。

9名のアーティスト(8名は日本人)が参加していて、絵画、立体、映像と
幅広くある。作家の年齢は、若くても30半ばといったところで、
やはりこういう場に20代が参加するのは難しいのだろうか。

 * * *

夢があるならまず言葉にして人に話せ、そうすれば運が向いてくる

と言われた。

それで言葉にしていたら、口だけじゃなく動かないと、
となる。そのことは本人が痛切に感じている。

 * * *

アート(僕の捉える範疇は学芸全般だが)の世界で
最も貢献できるとできることは、何だろうかと思う。
いまは“プレゼンテーション”ではないかと思っている。
これは村上隆の一部受け売りだが、アートは本来、外見だけで把握される
ものではなく、きちんと作品としてプレゼンテーションし、
伝えようという努力と、それ以前の、創作にあたっての強いメッセージと
それをどう表現するかという戦略性が必要なのである。
デュシャンが差し出した便器は、何の文脈もなければただの便器であるし、
学生の思いつきで留まってもやはり便器である。
美術という場を明晰に理解した上で、デュシャンほどの人物が
確信犯的に実行したからこそ、便器は芸術になり得た。
いまの(日本の)アートはプレゼンテーションがしょぼい。
その責任の所在が、作家にあるのかキュレーターなど周縁にあるのか、
メディアなのか、日本という市場なのか、
あるいは僕自身の勘違いなのか、まだ判然としていない。

きれいだとかかわいいだとかの表面的な感覚で処理されてしまってよし
とするなら、身内で楽しむ趣味レベルにして、小手先の技をみがけばいい。
しかし、そんなものは長続きしないし、受け手の心を揺さぶることなどできまい。
伝えようとする努力を怠るのは作家の弱さ、自信のなさの顕れである。

事業はもちろん、映画や音楽でも、プロジェクトで成果を出すなら、
適切なチームをつくることが大切だろう。
作家がチームを組むのことを恐れるなら、それは作家の保身以外の何物でもない。
単独で始末をつけなければ、主体性が脅かされるのではないかという恐れだ。

 * * *

動物化するポストモダン」を読む。
この書物で示唆していることは、一つには作品の組み立てであると思う。
(示唆的であるというのは読み手の意図によってある。 
 テクスト読解とはそのようなものだと今更ながら思う)

ここでは、ポストモダン以前(ややこしい言い方だが、1970年ごろより前)は、

超越的な大きな物語はすでに失われ、またそのことはだれもが知っているが、
しかし、だからこそ、そのフェイクを捏造し、おおきな物語の見かけを・・・
信じなければならなかった時代


とまとめられる。つまり、

生は無意味だが、無意味であるがゆえに生きる、という逆説

なのである。

そしてポストモダンとは、平たくいえば、その逆説を逆説とせず、
生の無意味さを前提としながら、それとは別に今ある自らの生を捉え、
流れる時間を充足していく乖離的併存関係にある。

生は無意味だとしても、生きていることには変わらない

というある種の諦念を、動物化と呼んだのだと思う。

ここでの議論はまだ有効であると思う。

ただそろそろ10年を経とうとしたころに、
10年若い世代が主張するとするならば、

生は無意味であるにもかかわらず、生きなければならない

という二重の不毛に対する強い自覚と主体性であると思う。

それはもちろん芸術のあり方にも影響するに違いない。
次の世代の芸術は、作家からではなく、受け手からもたらされるだろう。

2009年4月9日木曜日

伝説1、2

スティーブ・ジョブスの演説。
すごいよなあ。
僕の感想なんかいいよね。


2009年4月5日日曜日

これから先どうなるかわからないことが次の一歩を踏み出す理由として素直に受け入れられる日に君と出会った

書き出すと長くなるので詳細には触れないことにするが、
アートをビジネスにしようと思っている。
これは結果論である。
端緒はもっとプリミティブに学芸活動全般に対する敬意があるし、
それは僕自身が小説を(片手間になりながら真剣に)書いているということにもある。
ともかく今はここまでに留める。

それで少しずつマーケットの状況を調べ始めていて、
自分の頭の中で描かれつつあるモデルの必要性、妥当性、発展性に
ついて、より具体的に考えるようにしている。

今日は、ART FAIR TOKYO という国内で最大らしいアートフェアに行った。



道中、このアートフェアにも出展していたギャラリスト・吉井仁実(男だった)の
現代アートバブル」を読む。

アートフェアには国内から100を超えるギャラリーが集まっていて、
アーティスト本人も何人か来ているようだった。

僕は美術について、知識も触れた体験も皆無に近く、
もちろん絵を描く技術もなければ、絵描きもと会う機会もほとんどない。
自分自身、絵を買ったこともない。
絵の価値 - もちろんMarket があれば、Priceもあり、単なる感覚ではなく、
経済学がある - について全くの無知の人間が、飛び込んでいっても、
買い手にも売り手にも全く相手にされないのではないか・・・
という不安がよぎる。その不安は当然のものだし、
居直っても仕方がない、明白なWeekness である。

しかし、アートフェアを異邦として探索しながら、だからこそ、
僕だからこそできる、アート・マーケットでのビジネスがあるように思い始め、
「現代アートバブル」はその直感を後押ししてくれた。

僕が空想しているものと類似のサービスはないこともないが、
どれもまだ真新しく、明確に成功しているものはなさそうだし、
何よりアートをわかる人間がわかる人間に対し提供する
クローズドなサービスであるに留まっていると思う。

ま、新参者だから新しいことができるなんていう甘っちょろい妄想は、
底の浅さと完成度の低さが露呈して、評価を受ける前に自滅する
というのが常ですけれど。

詳しくはまた別の機会に。
「現代アートバブル」は面白かったのでご興味ある方は一度ごらんになって。

2009年4月1日水曜日

April Fool

四月一日は雨の降る日だった。

今日入社式を迎えた方々、
短い学生生活を終えて、社会に押し出された方、
長い学生生活を終えて、終に企業に勤めることになった方、
みんなおめでとう。
あと何十年と生きていかなくてはいけない、世界へ。
(ようこそ、と胸を張って言えるほどの身分ではないけれど。)
そんなときに誕生日を迎えた方、
これまでの誕生日もこれまでの誕生日も、
社会中のばたばたに埋もれてしまったかもしれませんが、
ほんとうにおめでとう。

僕は嘘をつくのがめっぽう苦手で、
嘘の楽しい話を書こうと思ったけれど、
フィクションを書いても本心になってしまうのはどうしたものだろう?

裏表はないけど、裏も表もよく見えない。
一方で、そうなのかもしれない。


こんなことばかり書いててもよくないな。
だからといって、ユービックを読んだという話にしてもな。
フィリップ・K・ディックは大好きな作家だ。
ジャンルではSFだが、ちっともScience はない。
先日ある人と飲んでたときにどんな小説を書いてるんだ、
というので、SFと言った。
現実と思うものにゆさぶりをかける、現実と幻想がない混ぜになる。
幻想も現実であると知れる。次の一歩は目の前にあって、
次の一歩を踏み出すことで見える世界は、踏み出すことでしか、
たち現れることのない、永遠なる未来、不在としての存在としてあって、
幸福を志向することに素直になったとき、その不在を希望と呼ぶ。

True or not ?

2009年3月31日火曜日

冷たい桜

土曜日は大学の後輩達の卒業祝いのイベントが
あって、結果、朝6:30 までカラオケにいる。
学生たちにはタクシーで帰るという発想がなくて、
元気も有り余っていて、留学してしまう奴らとは、
しばらく会えないしと、色々な理由で、帰ろうとならない。

これで大学には知っている後輩がほとんどいなくなってしまう。
会には平成生まれも混ざっている。
知らずに僕も歳を取ったというわけだ。

帰宅して浅い眠りについて午前のうちに髪を切り、花見へ。
花見、というか、おかんのように?慕っている方と
そのお子様二名と公園ぶらぶら。
公園では泣いて走り回って泣いて走り回って、こけて怪我して泣いて、
その後、千鳥が淵を散歩した。桜並木に沿って混み合う人の中、
僕はくるくるとダンス・ダンス・ダンス 演じて、
手をつないで歩いた。五部咲きの桜、指先は冷たい。
抱き上げて外濠に浮かぶボートを見せてやった。
哀しげな目をしているのは、
楽しそうにボートを漕ぐのは自分ではない他人だったからだ。



歩いているうちに日は暮れた。
そんな一日の過ぎ方もあった。

小さな姉妹は帰りに木蓮の花びらをくれた。散り落ちた木蓮の花びら。
僕はそれを彼女たちが見えなくなった後、屑入に捨てた。
手を振って分かれた後、彼女たちの記憶は僕の姿を徐々に放散した。

それを無情と嘆くことはない。なのに、大人になってしまったら、
単純に人々のすれちがいを、ただそれと受け入れることができなくなり、
与えられない意味を追って、哀しみへと哀しみへと知らずに歩いている。

2009年3月25日水曜日

ある打者の思考

故郷 和歌山から持ち帰った金山時味噌が
冷蔵庫にあって、胡瓜ともに晩酌に供されれば、
これは至福である。

いい書き出しだ。

それに続く一文はこうだ。


至福の功罪といえば回りくどいように感じるかもしれない。
幸福であることイノセンスを素直に受容する軽薄が、
私たちにはなさすぎる。
その至福は瞬く間に、金山時味噌であったり、
酒であったりの物質的な何かによって表徴されてしまう。


結びはこうなる。


私たちはもどかしくも、
誰かが残した微笑の記憶や、すぐに想起される暖かな匂いの記憶に対して、
臆病にもその不在を信じ込むのと同じ手つきで、
粗末に感じられる至福に対して、不支持の沈黙を科し、
やがて消え行くのが自らの至福自身であった倒錯については、
頑強なまでの強さを発揮する。真剣な表情に無念の影が映える様子を、
感傷的に眺め、美化することに、臆面もなく長けてしまった。



センター前ヒット! 二者生還!

2009年3月22日日曜日

2009年3月21日土曜日

なんかいつも暗い話題

普段は盆と正月以外帰らないのだが、なぜだかいま和歌山にいる。
そのことの詳細はおいておいて -実家は何事かを考えさせる-
映画「禁じられた遊び」を見る。
1952年に公開された名作。主題歌のギターの旋律は有名である。

あらすじを書いては見るのがつまらなくなるのでエッセンスだけ書く。
(あら、みないって? コンバージョンわるいブログだなあ・・)

“禁じられた遊び”は、二人の小さな子供によってなされる。
少年少女が物語の中心的な役割を果たし、大人たちは喜劇的な役割を
演じるのみである。
モノローグの中で膨らむ子供たちの無邪気な空想をみたことがあるだろう。
ポレットとミシェル・・二人が一人遊びのように楽しむ遊戯は、
死んだ者の弔い・・犬や鼠、虫たちのお墓をつくることである。
穴を掘り遺体を埋め、十字架を飾り、祈りを捧げる。
弔いの遊戯は・・次の遺体を求める、無邪気な、罪のない遊戯・・・
大人たちは喜劇的な争い事と日々の糧に追われ、
意志のない戦争というひとつの環境の中で暮らしている。

ここでレヴィナスを引くことは、レヴィナスの経歴・活躍した時代を
考慮してそう過ちではないだろう。
しかし、ややこしくなりそうなのでやめる。

<他者>と戯れること・・・他者の死に他性を見出し、
その<死>と<私>との間に横たわる、差異と戯れること・・・
“禁じられた遊び”は、<私たち>の中に歪みをつくりだし、
<私たち>に潜む、<私たち>の中の他性を浮き彫りにする・・・
大人たちは、不安、諦め、怠惰によってかそれを禁じようとする。
しかし、そもそも<死>の他性は<私たち>という幻想の中にしか、
ないのではないか・・・牛馬の死に私たちは他性を見たりはしない。
「無境界」―ひとつの有機体― という概念が実効性を持ち得ないのは、
そのような理由による。

これを観て何を思うかは人それぞれ・・というと元も子もないが、
僕としては、<私>の幸福について、思わないではいないのである・・。

2009年3月20日金曜日

われら

何でこう雨ばかり降るのだろう。

滞留する曇、乱雑に降り落ちる雨、濡れそぼつ街、
あなたはそれを見て何を思うだろうか?


一片の雲にもけがされていない青い空。(古代人の趣味というのは実に野蛮なものだった。この不合理で乱雑な、愚かしく押しあいへしあいしている蒸気のかたまりが古代の詩人たちにインスピレーションを与えることができたのだから。)私が愛するのは --われらが愛する、といってもまちがいないはずだ-- ・・・滅菌された、非難の余地のない空だけである。


われら』で描かれる世界で、人々は時間律法の通り一斉に起床し、働き、眠りに付く。ガラス張りの部屋で生活し、部屋のID(O-112号)が、彼の名前である。一日に二時間ある、自由時間には政府から「ピンククーポン」を買い、ガラス張りの部屋にブラインドを降ろし、好きな相手とセックスする許可が与えられる。
煎じ詰めたような合理的、社会主義の世界・・・私有財産は一切認められず(子供すら私物ではない)、創造力・自由・個性、それらはすべて暴力、不幸、不安の源泉となるものであって、澄み切った空のように何もない心、結晶の原子配置のように整然とした生活こそが、「われら」-決して「われ」を単独で捉え得ぬ- の理想である。

なぜ私たちは「われら」で描かれる世界に、違和感を感じざるを得ないのだろうか?
「毛むくじゃらの手」を眺めて、私たちは幻惑される。
本当の私たち、私たちの本能とは、何を求めているのだろうか?
創造力は、私たちを幸福へと導く光だろうか? それとも死に至らしめる病だろうか?

現実と幻想が交差する、正確には、流れゆく時間を「現実」「幻想」と区分していく私たちの勤勉が、さらに加速する流れの中で破綻し始める、まるで砂上に造る城が風に曝され、サラサラと崩れ落ちていくように・・・嘲り笑う声に出会う。私たちは自らの卑小に恥じ入る、・・・しかし、私たちは誰の声を聞いたのだろうか? それは私たち自身の声ではないだろうか?

2009年3月18日水曜日

うじうじはじめました

そういえば昨日、日曜日お集まりいただいた皆様について、
たくさんの感謝の言葉を書いたし、もちろん本心だけれど、
僕の提案した自己紹介ゲームを一笑に付し、誰一人
ノッテくれなかったことを僕は今でも根に持っている!

僕も普段は急にゲームをさせられる展開には、
面倒くささが先に立って、気持ちは折れ熱は冷め、
扱いづら~いノリの悪さを露呈する人間ですし、
そういう意味では皆様の気持ちはよくわかるのですが、
そんな僕が面白いと思って提案しているわけですから・・ウジウジ。

ウジウジ言い続けるぞ! いいのか!!

僕はまた作ってしまった。
(作らないといけない展開にまた出会った。)

いくつな日々に
げずたちむかい
もいのたけを
きつづける、そんな
とになる
うごにのこるのはただ、
だけである

今回はちょっと、狙いすぎちゃって、ぼちぼちなできね。

2009年3月17日火曜日

春の手紙

日曜日、青空は瞬きを忘れたかのように無限に澄んでいた。
窓外でさわさわと鳴る風、湿気の少ない軽やかな空気、
桜が咲きはじめる予感、気のおけない会話が持つ静けさの音、
目に見えないものが主役で、背景の部分を形づくる私たちは、
とつぜんのファンタジーにたゆたう、少年少女のようだ。

12:00  開始

アボガドのサラダと手羽先と、ゴーヤチャンプル、
全部作ってもらっちゃって、旨くて、
僕もチヂミ作ったらうまくて(ああ、セロリもあった)、
それで、缶ビール5本、ワイン1本、シャンパン1本、
焼酎ほぼ1本 を三人ちょっとで飲んでしまって、
そのあたりにいくとファンタジーと呼べない。
相応しい言葉はなんだろうか。
昔から言い伝えられてきた中に息づく物語とでも?

おみやげに持ってきてくれたパンも菓子も旨くて、
みんな勝手に自分が旨いと思うものを持ち寄っていて、
そこに食い合わせだったり、何料理なんていうのはなく、
主役は、私たちを包んでいる、私たち自身の体温であり、
鼓膜に触れるそこに発せられた声であり、
無限に澄み切った優しい気持ちであったりする。
それで春の空のことを思った。

22:00 解散

10時間がぶがぶ飲んでいると、さすがにちょっと弱った。
弱った以上に元気をもらうということもあるのだと知った。

そういえば、カメラを用意していたのに撮るのを忘れた。
楽しすぎて大満足のときには、その場面を写真に残して
後でどうこう思案する気持ちにはならないのかもしれない。

久しぶりというと語弊があるけれど、
周りにいてくれる人たちへの感謝の気持ちが絶えなくて、
これを書いている。ありがとう。
この言葉は、昨日いっしょにいた人たちにはもちろんのこと、
これを読んでいる人たちだけでもなく、
僕の過去と現在と未来の中にあるすべての人に宛てられたものだ。

不意に滔々と、一方的な謝意を書くのは僕らしいかもしれない。

2009年3月13日金曜日

はじめまして。

五分で楽しめるゲームを教えてもらったから、
みんなも一度やってみてほしい。
一人でもできなくはないが、気のおけない人でも、
初対面の人でも、誰かとやるのがいい。

自分の名前をひらがなで縦にかいてみる。









それで、その文字を起点に、自己紹介文を作る。
とやかく考えず、五分でやる。


めいきまじりで
ばんめにうまれた
とこのこ。
いしゃづとめもいいけれど
とりでぼんやり
まんをかんじながら
あわせにいきています

こんなふうになる(笑)

何やっても根暗になるな~

2009年3月8日日曜日

僕たちは夢を見るか

銀座

まもなく就職して丸三年を迎える。
ご多聞にもれず、同期では、転職をする人、転職したいと思う人が、
続出していて、二年半で転職してしまった僕は、
少しの先見があると思われて、転職しての今の心境だったり、
今後どうするのかと言うような話を、相談に乗るというのでもなく、
二人の興味の一致することとして話題にする。

ひとまず落ち着くところの僕の考えとしては、
「あなたの夢は何ですか?」
という問いに対し、素直に率直に答えることができないと
いうのでは、やはり寂しい、と思う。
何事においても、事業性であったり、安定性、収益性、継続性、新規制、
といった指標に掛けなくては判断できないとするのは、虚しい。
夢は夢としてまずあってそれで、実現を目指すことがある必然を持って、
第一義となり得る。
指標は如何様にも解釈できる。それを頼みにすることはできない。

夢を持つことは難しいだろうか?

三年で辞めることは、大人たちの視線・言葉の前で何となくの後ろめたさがある。
しかし、いま正にその時期に直面している我々にとってその選択は、
至極自然なものであって、悲観にも楽観にも寄らず、
いたって生真面目になされている。

環境は重要ではない、と言えば嘘になる。
けれど夢の実現のため、都度のステップにおいて環境は変わらざるを得ない、
といえばそうである。そのことに現在性という名を与えたければそれでもいい。
いずれにせよ、僕たちは環境に依存できないことを知っている。

絶えざる躍動の中、僕たちは夢を見る。

2009年3月3日火曜日

世界、光のなかの私

@休憩中です。

村上春樹がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式で
語った言葉が大きな反響を呼んでいる、らしい。

いまならここで全文読める

エルサレムという地で、知的なユーモアを交えながら、
外国語で講演できる小説家もそうはいなかろうが、
その内容がまた良い。

巧妙なうそ、つまり真実のような作り話によって、小説家は真実を新しい場所に引き出し新しい光を当てることができる・・・私たち(小説家)は、隠れている真実をおびき出してフィクションという領域に引きずり出し、フィクション(小説)の形に転換することで(真実の)しっぽをつかもうとします。

ここまでは常識的なくだりである。
それに続く言葉がある。

真実とは何か、光とは何か、
真実をつかむためのフィクション、という逆説はなぜ成り立つのか?

私が小説を書く理由はたった一つ、個人の魂の尊厳を表層に引き上げ、光を当てることです。・・・小説家の仕事は、物語を作ることによって、個人の独自性を明らかにする努力を続けることだと信じています。・・・私たちが来る日も来る日も、きまじめにフィクションを作り続けているのは、そのためなのです。

真実に光を当てる、というのは、個人を単独性において見ることである。
その単独性は、何かによって規定されたり価値づけられたりするものではなく、
“光をあて続ける”という行為の中でおいてのみ浮かび上がる。
意図の中にだけ存在する、虚構とは呼ばぬ、影とも呼ばぬ、しかし、
永遠につかみきれない、刹那的存在でありその堆積である。
世界は厳然と存在している。時は流れている。
生命はあるところで芽吹き、あるところで絶えている。
私たちは“世界”をいくら眺めても、人間の単独性などというものを
導き出すことはできない。それは、偶像をいくら崇めたとしても、
そこにあるものは、木であり土であり、鉄であるところの彫刻で
しかないのに似ている。
光、とは何か。世界に存在する光を弄んでもその光は世界に回収されてしまう。
世界を別の目で眺めること。それには“嘘”の光で世界を照らすことが、
畢竟、必要なのである。
世界に回収されない光を、人間(往々にして架空の!)に浴びせた時、
真実としての人間の単独性は鮮やかに浮かび上がるのだ。

私たちはそれぞれ形のある生きた魂を持っています。体制にそんなものはありません。自分たちが体制に搾取されるのを許してはなりません。体制に生命を持たせてはなりません。体制が私たちを作ったのではなく、私たちが体制を作ったのですから。

体制とは何か? 国家、企業、軍隊。経済、政治、歴史、教育。
これらは体制だろうか。
家族、食事、入浴、衣類、土地、愛情、平和、思想。
これらも私たちが作った。私たちはそれに依存している。
これらは体制ではないだろうか?

「私たちは世界に回収されない。私たちは主語になり得る。」

ここまで書くと、村上春樹の小説はいつだってこうだったと
はたと思う。

ところで、なぜこうまでして単独性について語らねばならないのだろうか。
ひとつには他に逃げ場がないからだ。
村上春樹は、じっと佇んでいた。その姿は一つの時代をつくった。

進むと決めれば道はふたつある。後戻りを始めるか、構わず前に進むかだ。

“世界”を見つめようとする意識が残っている限り、前には進めない。
“世界”を諦めること。フィクションをフィクションとせず、
それによって新たな世界を創造すること、その繰り返しの中にしか、
次なる道を見出すすべはない。

2009年3月1日日曜日

事切れる寸前にその余韻を残そうとする足掻きを去るものの未練と
呼べば切なくて、残るものの愛情がみせる幻影と思えば、
儚いのは生命ではなくて記憶のほうであると思える。

二月は、唐突に雪の降る日とともに去った。
月日が流れるのは当然であって、それをどう処理するかは、
流れに乗るものの本懐というわけである。
それで多忙と言うことが悩みの種になる。
実にならぬ種である。
熱心に打ち興じているときは時が流れるのを忘れ、
無為に過ごしているときは時の流れと無縁にただ頭に
浮かぶ事々を後追いして過ごしている。
規則正しい生活をしていれば、幾日の月日もある一日の相似
としてひとまとめにしてしまうし、
不規則な生活の中で右往左往していれば、本質が何であったか
見失いそうになり、細い軸を頼りなげに拾い上げて侘しくなる。
一秒の記憶が二秒、三秒に感じられることはなくて、
数時間の記憶は一秒になり得る。多忙とはそれである。

記憶を追い求めるのはつまらない。
幸田文の「闘」を読んでいて、そんなことをつらつらと思う。
人生の大半を病院のベッドの上で過ごす。
それも好きでそうしているのではなくて病におかされて
そうする以外になくて、ただ無為に横になっている。
死ねば死ぬでそれで生は終わるし、治っても何にも得るものなどない、
ただマイナスがゼロになるだけであり、過ぎた時は取り戻せず、
失うだけの日々だったにも関わらずその日々の苦労と言えば並みではない。


「彼等はよき土にまかれた、よき種だ。その実り、千倍万倍か。・・・結構だよ。
だが、うらやましいともいっていられないほど、粃(しいな)の種ってものは一生懸命だ。
実りどころか、自分の命を生きようとするだけで、精一杯だ。
だけど、こいつが下らないんだなあ、自分一人は一生懸命なんだけど、
はたから見ればただの場所ふさげってもんだ」


幸田文の文章は美しい。
美しさという点においては、彼女の文章をおいて他にはない、
と思っている。
文章の美しさを文字の並びだけで語ることはできない。
生への潔さ、時への敬意、儚いものへの愛情と言っても、
それで美しさを象徴することなど、できぬとはいえ。

2009年2月23日月曜日

MON 6:42 AM

気が急く。ここ2週間ほどはイベントが重なっていて、
決済を仰ぎ、判断を乞い、自分の仕事を自分でチェックしながら、
としていると、思うように進まないが、進まないと言っていられない
状況にあってそれで気持ちばかりが先行する。

金曜日は久しぶりに朝五時まで飲んだ。
西麻布の会員制のクラブみたいなところに連れて行ってもらって、
素人っぽい女の子たちが入れ替わり立ち代りしていて落ち着かない中、
酒を飲む。そういうところの酒がうまいということは(これまでの経験では)
決してなくて、ウーロンハイやジンロの水割りを飲まされるのには辟易する。
といってああいう雰囲気で高級なシャンパンを空けようという
気にもなれないのは貧乏根性だろうか。
お店の店員に自分の酒をがぶがぶ飲まれるのは、訳のわからぬシステムだ。
相手が素面だと思うと話す気も失せるという気持ちはわからぬでもないが。
三時に六本木に移動した。あの街もその時刻になると特有のけばけばしさ、
派手さが抜けて、素顔を垣間見せる。そのギャップに少し和んだ。
それは疲れと同義かもしれないといまは思い返す。

こうやって遊んでいることと気が急くことは矛盾しない。
規則正しい生活をしていてそれで済むなら余裕が生まれる。
朝五時までとなると、ほとんど丸一日飲んでいる。
次の日から、家事をしたり仕事をしたり映画を観たりと
しようとすると、時間に追い立てられる。
花粉症は焦燥感を助長している。
ゆっくりと飯を食う気持ちは萎え、本を読む気も散漫とする。

あと一、二週間は、流れに身を任せるしかない。
みんなそういうときにどうしているのだろう。
流れから逸れることはできない相談であるから、
行動レベルでは他に選択肢がないわけだが。

2009年2月18日水曜日

今の私にとっては

ただいま。

今日も疲れまひたね。

何度観ても、ジーンと来るものがあるね ↓



これを観て、中川大臣に対して、
憤慨することも罵倒することも冷笑することも、
同様に、同情することも擁護することもできるだろうし、
あるいは日本という国に対し、
嘆くことも哀れむことも、
奮起することも見捨てることもできようが、
いずれの立場についてもこの場で評価するつもりはなくてですよ。

彼のこの惨状に自らを重ね合わせた時に(それだ!)
他人事のようには思えなく、引き付けられる。
それだけはやっちゃいかんだろうという、
(たとえどのような理由があったにせよですよ!)
戒めとも、啓示とも取れる、魔術的な誘惑に違いない。

狂気であり、呪縛であり、だからこそ、
良くなろうと思えど、悪しく堕ちようと思えど、
それがひとつの真理であるような永劫回帰!
予期された惨状へと逢着する、
島尾敏雄の描いた「死の棘」のようである。

怖い怖い。お酒はほどほどに。

2009年2月16日月曜日

ユーモア

風邪を引いたようでもないがくしゃみが出る。
コンタクトが合わないわけでもないだろうが、目が痒い。

と言葉で書いたのをみると、完全に花粉症じゃないか。
僕は認めない! 花粉症だなんて真っ平だ! 金比羅だ! 金平だ!

随分前に勧めてもらっていた映画「カッコーの巣の上で」を見る。

1975年の作品で、主演はジャック・ニコルソン。

感想を簡潔に述べるのは難しい。
行き場のないリフレインは映画の終局に、突然のアクシデントを迎え止む。
それは映画を終えるためだけに用意されたような仕掛けにも
見えるし、初めからそれ以外にありえなかった末路へと向かう道を、
右往左往していただけのようにも見える。
見事な演技の中で鳴る悲しげなリズムはストーリーとは無縁に
常に胸を打ち続ける。
時々挿入されるユーモアは、場を和ませる、幕の間の箸休めではなく、
むしろユーモアこそがこの映画の本筋ではなかったかと思う。

ユーモアとは何だろうか。これまで考えたことはなかった。

2009年2月14日土曜日

腐臭

昨日は二十時から三時半まで飲み続けていた。
一時を過ぎたあたりから二日酔いに似た頭痛が既にあって、
それでも飲み続けていたのは、常軌を逸している。
二日酔いの日を後悔で黒く染めない日はないが、
それとは対照的な春の陽気だった。

ふらふらと先日紹介した爺さん四人の定食屋・一富士へ。
夜の時間帯とは、メンバーに若干の入れ替りはあるが、
爺さんばかりなのは変わらない。
頑固一徹そうな料理長の爺さんがサポートの爺さんに檄を飛ばす。
皿洗いの爺さんは、くわえ煙草だ。
料理を一通り出し終えた料理長の爺さんも、すぐに煙草に火をつけた。
スタミナ定食、720円。米が僕には柔らかいが旨し。
紹介しても誰もいかないだろうが・・そこはかとなくこの佇まいもいい。



村上龍の『半島を出よ』を読了。

相変わらずの筆力に、いまの日本の作家で彼に適う者はいない
と改めて思う。
どう表現すると、ここで僕が筆力と言うところのものを
了解してもらえるだろうか。
美しいというのでもないし、単純に良い、と言っているのでもない。
それは文章の密度と言ってもよいが、より適切には粘度というべきだろうか。
あるいは比喩的に述べたほうがわかりやすくて、
子供の頃、腹をすかせて帰宅したときに、それがカレーライスでもステーキでも、
がむしゃらに食べた。咽喉を曖昧に噛み砕かれた食材が通過して、
空っぽの胃袋の海に勢いよく流れ込む。その感覚に似ている。

となると、筆力と言ったところを文章から受動的に受けとる何かだと
すると意味が成り立たなくて、読み手の能動性に支えられて
文章は、筆力を持つと言うことになる。
それに加えて、どろりと体内に蓄積していくような異物感があり、
拒絶したいという気持ちと、消化して一体化したいという気持ちが
同時に起こる。

ただ「半島を出よ」に限って言えば、説明的過ぎるように感じた。
テロリスト、戦争を村上龍はこれまでにもよく題材としてきたが、
独白とも描写ともつかない表現で描かれる、主観と客観がない交ぜになった、
幻想的現実が織り成す世界の描写は圧巻だった。
(戦闘シーンの張り詰めた緊張の中で臨界点に達した。)

SF的というより歴史小説に近いように感じた。
下調べに膨大な時間を費やしたことだろう。

それでもイシハラの言葉は強烈だったし、
冒頭の失業者のテントの描写もよかった。

しかし、初めから行き場のない物語を書き始めてしまったような諦念が、
亡霊のように常に付きまとい、行間に微かな腐臭を放っていた。